青少年委員会 沖縄地区放送局との意見交換会を開催
2025年度の青少年委員会は「戦後80年にあたり、戦争と平和の問題を中高生にどう伝えていくか」をテーマに活動してきました。その集大成となる放送局との意見交換会は、沖縄県内の放送局のみなさんを招いて、「戦争と平和」に関する番組を青少年、とくに中高生に視聴してもらうためにはどう制作するべきかなどを主要テーマに、11月27日午後2時から5時30分まで那覇市で開催しました。
BPOからは青少年委員会の吉永みち子委員長、飯田豊副委員長、池田雅子委員、佐々木輝美委員、沢井佳子委員、髙橋聡美委員、山縣文治委員の7人全員が参加しました。放送局はNHK(沖縄放送局)、沖縄テレビ放送、琉球放送、琉球朝日放送、ラジオ沖縄、エフエム沖縄、日本テレビ那覇支局の計7放送局からそれぞれのBPO連絡責任者、編成、制作、報道番組担当者など計19人が参加しました。
冒頭、「青少年委員会の役割」について、BPO理事・事務局長 辻村和人から説明がありました。
○辻村事務局長
青少年委員会は月1回、委員が集まり、「この番組は青少年が視聴するのに問題があるのでは」「この番組は青少年の出演者の扱いが不適切ではないか」などの視聴者意見をもとに議論をしています。そのうえで、青少年への影響などについて検討すべきと判断した場合は「討論」という手続きに入り、さらに詳細に検証をすべしと判断した場合には「審議」入りして、当該放送局の制作担当者から話を聞いたり、書面での回答を求めたり、問題提起をして、委員会としての見解などをまとめて公表しています。2022年には「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティーに関する見解」を出しました。ターゲットの出演者に痛みを伴う行為をしかけ、ほかの出演者がみんなで笑うバラエティーは、青少年・子どもの共感性の発達と人間観に望ましくない影響を与える可能性があるとして、制作者に配慮を求めたものです。また、委員会の活動のうち最も大事にしているのが各地で開催する意見交換会です。青少年に関わる各分野の専門家であるBPO委員に、放送の現場や放送局のみなさんの考えを知ってもらうことが主な目的です。
【2025年度の活動テーマと基調報告】
つづいて、吉永委員長が2025年度の委員会の活動テーマとその活動経過を説明しました。そして、今回の意見交換会開催にあたって、沢井委員が活動テーマに基づく基調報告を行い、飯田副委員長がその補足説明をしました。
○吉永委員長
青少年委員会は若い世代に向けてのよりよい放送を目指して、ともに考えていくことがメインになる委員会です。委員会には「中高生モニター制度」があり、中、高校生の約30人に毎月設定されたテーマについてリポートを送ってもらっています。今年は戦後80年という区切りの年で、戦争の記憶や記録が、今後は実体験者から継承されなくなるだろうという大きなターニングポイントになる状況に直面しています。と同時に、今の世界の状況を見ますと、戦争や虐殺の話題が日常のニュースで報道されていて、今までにないぐらい国際関係が緊迫しています。そうした状況の下で、「戦争と平和」という問題をどう考えたらいいのか、青少年にどう伝えていくべきなのかということを1年通しての活動テーマにしました。
もう一つのきっかけは、いまの青少年は第一次的な情報を放送や新聞という従来のメディアを介してではなく、SNSを通じて得てしまっていて、その意味で従来のメディアの伝え方に関しても大きなターニングポイントを迎えているのではないかということがあります。そこで、この2つのポイントついて一番センシティブであり、大きく影響を受けているだろうと思われ、加えて平和教育を内地と比べるときちんと継続し実践している沖縄では何ができていて、何ができていなくなっているのかを含めて議論してみたいということで、今年の意見交換会は沖縄で開催することを決めました。
中高生モニターたちからは「戦争報道はあまり見たくない」「怖い」という意見が多くあり、また「安心して見られる戦争報道をしてほしい」という意見も寄せられました。7月24日には東京・渋谷のNHKを中高生モニターたちとともに訪問し、児玉光雄さん(故人)という人の被爆体験をもとに作成したバーチャルリアリティー(VR)の映像を、ゴーグルをかけて見てもらいました。やはり気を使いましたね。もしも途中で「嫌だ」「怖い」と思ったら、すぐにゴーグルを外してくださいと伝えましたが、全員が最後まで外すことなく見てくれました。怖かったろうとは思いましたが、「怖いからいやだ」ではなく、「これを知らなければいけない」という思いが中高生たちに強くあったように感じました。
沖縄を訪問する前には、委員だけで2回、オンライン勉強会を開催しました。最初に、沖縄の平和祈念資料館学芸員の大城航さんから、全国各地から訪れる修学旅行生たちにどういう説明をし、そこで今、どういう変化があるのかを報告をしてもらい、委員と意見交換しました。2回目には平和教育の活動をしている株式会社さびらの安里拓也さんにも話を聞きました。どのような形で平和教育をすると子どもたちに伝わるのか、戦争を避けるのではなくて、戦争の作り方という逆の視点からの教育をしていることなどを紹介してもらいました。そして今日に臨んでいます。
昨日(11月26日)は、沖縄県内で熱心に平和教育に取り組んでいる、小・中・高校の教員のみなさんと意見交換しました。子どもたちがどういうテレビ放送を望むかという話をしたときに、「子どもたちはテレビを見ませんからね」と言われてショックでした。平和教育をするにしても、事前の教育がすごく大事だということと、その事前の教育はどこから入っていけばよいのかという問題も新たに見えてきました。
今日はみなさんが今年、制作された戦争や平和に関する番組をともに視聴・聴取しながら、青少年に戦争や平和についてどういう伝え方ができるのかということが議論できたらと思っています。
○沢井委員
「戦後80年にあたり、戦争と平和の問題を中高生にどう伝えるか」ということで、青少年委員会の中高生モニター30人による9月のリポートをもとに、戦争への関心と映像の受けとめ方について考察しました。
「あなたが戦争に関心を持つのはどんなときですか」と尋ね、自由に記述してもらいました。「記念日の式典をテレビで見る」は30人中13人に上ります。次いで「放送番組で戦争体験者の話を聞く」が10人。戦争に関する放送番組を視聴することが中高生にとって戦争に関心を持つ最大のきっかけとなっていることがわかります。
9月のモニター報告のテーマは、「終戦、戦争関連のドラマやドキュメンタリー番組について」でした。自由に選んで視聴した戦争関連番組の感想や意見です。その中に「戦争の悲惨な映像は怖いので出さないでほしい」という要望が複数書かれていました。そこで記述された内容を分類し、戦争の実相への関心の程度と、恐怖を感じる映像に対して肯定的、つまり直視するか、否定的、すなわち忌避するかの2つの軸によって4つに分類してみました。
人数がもっとも多いのは「戦争への関心が高く、恐怖を感じる映像の視聴には肯定的な」中高生で18人いて、60%です。グロテスクなところを含めて多くの人がその悲惨さを知るべきだと思うと考える中高生です。
次に多いのは「戦争への関心は高いが恐怖を感じる映像に否定的、忌避的な」中高生が5人で、17%。「残酷な映像は出さないでほしい」「アニメならば安心でわかりやすい」などの記述がありました。
まとめると、モニターの中高生は戦争への関心が高く、「戦争の実相への関心がある」のは合わせて23人で、77%に及びます。「恐怖を感じる映像は見たくない」とする中高生は合わせて7人、全体の23%です。悲惨な映像を忌避する傾向にあるのは中高生の場合、大体4人に1人ぐらいの割合でした。
恐怖を感じる映像を忌避する態度というのは、恐怖感による不快を予測して自らを守ろうとする自然な、防衛的な反応だとみなすことができます。恐怖を感じる映像を忌避する中高生の中にはアニメなら安心でわかりやすいという感想が複数ありました。人物の心情を物語るのにすぐれたアニメなどを活用して、戦争の実相についての想像を助けることが一定数の中高生には求められているようです。
戦後80年を経て、戦争経験者に出会うことは困難な状況になっていますが、被爆者が書いた手記をもとにした原爆のドキュメンタリー番組を視聴した女子高校生モニターは「文字だけでも恐ろしいのにそれを経験したとなると、どれだけの恐怖なのか想像したくないけれど、この想像するということが平和のために必要だということを皆が知らなければならない」と述べています。自分が想像することが戦争の実相とどれほど重なるのかについて客観的に考える。つまり、メタ認知を伴う内省をするという高校生もいるわけです。こうした自分の認識や感情を振り返り、恐怖を超えて理解するという態度も心理的な発達によって可能になるのでしょう。
中高生モニターの言葉から戦争と平和の問題を中高生にどう伝えるかの答えとして示唆されるのは次の2点です。第1に、恐怖を感じる映像を忌避する青少年は4分の1程度いますが、戦争を想像する助けとなるのはアニメの表現の活用であろうということ。第2に、戦争の実相を想像して理解しようと努める中高生にとって、戦争経験者が残した証言の言葉は歴史的な実写映像とともに戦争の理解を促す番組の貴重なコンテンツであるということです。報告を終わります。
○飯田副委員長
青少年委員会の中高生モニター報告を対象にした分析を、沢井委員に話してもらいました。付け加えておきますと、全国から選ばれたモニターと言っても、テレビ離れ、メディア不信が深刻化している中でBPOモニターの公募に申し込んでくれた中高生ですから、決して今の中高生全体の意識や価値観を代表しているわけではないということです。ただし、放送に対して特別な思い入れがあったり、問題意識を抱いたりしているみなさんなので、彼らとの対話を通じて、放送の潜在的な価値や課題を探索して、これからの放送のあり方を考えていく意義があると考えています。
中高生モニター30人の特殊性を差し引いても、沢井委員の分析には今の若者全般に見られる特徴がよく表れていると感じています。1990年代後半以降、2010年代前半ぐらいまでに生まれ、幼い頃からインターネットに触れて育ってきた世代の人たちは国内外ともに、その上の世代と比べて、「共感性が高い」と言われています。
私たちが交流しているモニターたちのリポートを読むと、テレビに映っている、あるいはテレビで紹介されている人に対して、直接面識のない相手であっても「共感を抱きやすい」傾向は確実に強いと感じています。それは制作者のみなさんに、これから意識していただきたい重要なポイントの一つと考えます。
吉永委員長が述べたように、表現上の刺激については配慮が必要であるものの、戦争に対する関心自体というのは決して低くないと思いますし、打てば響くということが沢井委員の報告からも示唆されています。制作者のみなさんが日々、番組を制作する中での受けとめ方と、私たちが考えているところが必ずしも一致しないかもしれませんが、その辺りも含めて、みなさんのご意見をいただければと思っています。
<基調報告の質疑応答>
○代表社の参加者
中高生の4人に1人が残酷な映像を見たくないというのはショッキングだと思いました。私たちも残酷な映像はあまりニュースで使っていません。あまりにも使わないので、本当にこの戦争の実相が伝わるのかと危惧するぐらいです。遺体などを出す場合でも、事前に(警告の)スーパーを入れますし、そもそも遺体を出すことがあまりない。そういう残虐な映像がないように相当、配慮しているつもりですが、さきほど指摘された恐怖を感じる映像は具体的に何か、こんな映像が見たくないというのがわかれば、教えてほしいと思います。
○吉永委員長
見たくないというのを最初に触れたのは、ウクライナ侵攻の戦闘が始まったときに虐殺のあったブチャの映像でした。もちろんモザイク処理して放送したと思いますが、その当時の(中高生モニターの)報告の中に、「モザイクをかけても明らかに死体とわかるから怖い」という意見がありました。そうすると、モザイクをかけてもいけないのかという話になってしまいますが、私はそれが最初に驚いた若い人たちからの意見でした。
○沢井委員
ニュース映像の中にガザやウクライナの現場が出てくるものだから、「それがとても怖い」という感想があります。残酷で赤裸々なものを見たくないというよりも、「ああ、ここで人が殺されたんだな」という想像するだけで恐怖が増す。これはかなり自然な反応だと思いますが、それをはっきりと書いています。比較的意識の高いモニターたちも一般の人も、そういう怖いのが出そうなときにはチャンネルを変えて見ないように避ける、忌避する傾向があるように見受けられます。
バラエティー番組でもハラハラドキドキするところは見るのがつらいという感想も書いてきます。お笑いのような番組であっても、「うわっ、怖い、ヒヤヒヤするのはいやだ」、あるいは「自分の弟は見たくないと言っている」など、回避していくということが今の若い人たちの特徴かなと思います。想像力で自分を守っている、あるいは周囲の人たちを守っているところがあるのかなと思います。
○代表社の参加者
もっと幼い世代が戦争や暴力的な映像を見たときの心理的な影響というのはどういうことが考えられるのでしょうか。おそらく1人で見ている場合と、そばに保護者がいて「これは昔の戦争の映像なんだよ」と説明があればある程度、子どもたちにも理解できると思いますが、幼いお子さんへの影響についてお聞かせください。
○沢井委員
私は普段、幼児向けの映像を作っていますので、その心理的な安全性のことは考えます。非常に恐怖を抱くような場面の文脈をどう理解できるかという物語理解の能力はどうか、認知能力の発達段階によって表現は変えるべきだろうと思います。
ただ、戦争についてのことを幼児にしてはいけないということではなく、悲しみの心情というもの、家族を亡くしてこの子は寂しいだろうなというところに共感する、そういう心の物語として入っていくというのはできるでしょう。小さい子どもにとって、悲しみはよくわかるけれども、ショッキングな映像は使わないということはできると思います。
昨日、沖縄で平和教育に取り組んでいる教員のみなさんの話を聞きました。その中で、小学校で平和教育をしている先生は「小学校低学年、大体8歳以下ぐらいの場合には高学年と同じ教材は使わない、あるいは体験者の話を聞く場合も、子どもに話すことに慣れた方から低学年向けの体験の話を聞く。なるべくかみ砕いて、いかに苦労したか、つらかったかという話を聞かせる。一方、高学年向けには多少悲惨な話、例えば本当に人が亡くなってしまった、あるいは兵器というのがいかに怖いかなども含めて話してもらう」という話です。
もう一つ、修学旅行や平和学習で内地から沖縄の戦跡を訪ねて来る子どもたちは、(訪問前に)事前学習を相当してきます。そういう児童・生徒たちを戦跡に案内して説明をすると、とても冷静に聞いてくれるけれども、たとえ沖縄の児童・生徒であっても事前学習が十分でない子どもはすぐに泣き出してしまうことがあるといいます。
私の感覚としては大体10歳ぐらいがある程度の区切り目かなと思います。それを過ぎると、時代的な変化、この時代の人はこういう考え方をして、こういうつらい面があった、こんな悲惨だったのだということを時系列で考えられる。因果関係を考えていくことができるのが大体10歳、11歳です。そうなると厳しい話も想像してわかってくるだろうということです。だから、放送番組にするときには、その発達段階に応じた表現かどうかをチェックする監修は必要だろうと思います。
○髙橋委員
私は普段、小・中・高校で心のケアのことをやっています。いわゆる戦争のことに限らず、惨事報道と言われる、大規模災害があったり大きな事故があったりというニュースを何回も見た子どもに関しては心理的な反応が大きくなるということが、研究結果でわかっています。
学校にも保護者にも、例えば津波の映像を見てつらいと思っている子どもがいるときには、それをなるべく見せない配慮をしてくださいと言います。子どもによって反応が違うので、戦争の映像に強く感じるお子さんに関しては配慮するということです。すべての子どもに配慮が必要ということではありませんが、さまざまな研究結果では惨事報道にたくさん触れた人ほどストレス反応が高く、小さな子どもほどストレス反応が高いということです。
○吉永委員長
今回モニターに見てもらった番組は青少年向けの番組ではなくて、一般向けの放送です。一般の放送を若い人たちに見てもらいたいという課題でした。年代的には、10歳ぐらいから一般向けの番組でも理解ができるということかもしれませんが、その理解の仕方というのが年代層によって、また時代によって、少し変わってくるのかなという問題もあるでしょう。とてもセンシティブですからね。しかし、そこに気を遣いすぎると、本当の戦争のことが伝えられないというジレンマがあるだろうと思いました。
映画の場合はPG12というレーティングがあり、アニメ映画『鬼滅の刃』もそうですが、ペアレントガイダンスという大人が適切なアドバイスをするということによって、制限をしないで12歳以下にも見てもらえますよという形をとっています。テレビはお茶の間で家族がいるという前提で、家族と一緒に見れば保護者がひと言フォローできるかもしれませんが、子どもが1人で見ていると、それが全く思いもかけない方向のトラウマになってしまう可能性もあるのかなと感じます。
○代表社の参加者
沢井委員に質問です。学校現場ですと、例えば小学校低学年は絵本の読み聞かせとか、発達段階に合わせたプログラムがあります。でも、放送は不特定多数の人が見るものです。今後、私たちの進むべき方向がもしあるとすれば、現実的ではないものの、この番組を作るときはこのぐらいの層を想定してとするべきなのか、この番組を皆に見てほしいから、10秒前にこれからこんな映像が出ますと(警告の)テロップ、スーパーを引き続き出していくべきなのか。現実的な問題とそうでない問題もありますが、お考えを示していただけますか。
○沢井委員
放送の場合には、ポイントだけ見てくださいと制限はできないわけですから、その場合、コース料理のように時系列で何を見せていくのかということです。人間が悲惨とか、わが身に起きたらどれほど大変だろうと痛みを感じてしまうことは、理解の一つの過程なので、そのために一つの番組の中で例えばアニメから始めることもあります。原爆についてはそういうものがあるでしょう。アニメだと「ああ、この人、私の友だちみたい」というところから入って行ける。そこで物語理解から始まって、その人の手記や体験を詳しくナレーションで聞く。残酷な場面ではないが、語られている内容は残酷で言葉で聞くとそれを想像して怖い。そのあとに、この想像でいいのかしら、本当に実体験、実際、戦争を経験した人の本当の経験と重なっているかしらと、大人も子どもも振り返る、内省を促すという形です。それは死かもしれないし、原爆の爆発シーンなどもあるし、沖縄戦でもあるでしょう。そういうものを聞いて、想像に比べて、リアリティーはどれほどのものだったかを一生懸命考えてもらう。
想像してみようということをうまく、その番組の中で行えれば、こういうアニメ的なところから入って、手記を紹介しながら経験者はここにはいないけれども、本当にこの想像でいいのだろうか、本当にこの番組の構成でいいのだろうかということを逆に客観的に見ながら制作できるでしょう。アニメを通して考えてみるという工夫がますます必要になってきていると思います。
【意見交換 第1部「各放送局の番組紹介」】
戦後80年にあたる2025年に沖縄の各放送局が制作・放送した番組について、それぞれ4分程度に再編集したものを会場で紹介し、各社の制作担当者に番組の制作意図や青少年により多く視聴してもらうための工夫などを話してもらいました。
なお、意見交換会には全7社が参加しましたが、ラジオとテレビの兼営社があるため、全8番組を紹介しました。第1部にかぎり、社名をA社、B社、・・・H社と仮称表記し、兼営社の番組は別々の仮称にしました。
<パート1:沖縄県内向けのテレビ3社の番組>
○吉永委員長
ここからは放送番組を通しての意見交換をしていきます。戦後80年の今年に各放送局が制作して放送した番組を4分程度のサマリー版にしたものを順に視聴して、意見交換したいと思います。まずはテレビ3作品を流します。最初は、A社のニュース企画番組です。
ではこの番組はどのような狙いを持って制作されたか、あるいは青少年にどんなことを受け取ってもらえたらという思いがあったのか、その辺をお話しいただければと思います。
○A社の制作担当者
昨年(2024年)度からこのニュース企画を放送してきました。これまでにシリーズで60本以上、特別番組も合わせると総合放送時間は9時間に及びます。戦争体験者の貴重な証言を拾うこと、埋もれていた記録や映像を掘り起こしていくこと、そして彼らの記憶というものを未来につなぐことを人々に伝えたいということが思いとしてありました。
子どもたち、とくに中高生にはこの沖縄戦というものがどこか遠い地域で起きた出来事ではなくて、今、私たちが住んでいる地域で起きた戦争であり、また、灰塵の中から立ち上がった人々の努力で私たちの今があるということを理解してもらいたいという思いがありました。沖縄戦の体験者が少なくなる中で、国会議員の発言に歴史の修正を試みるような動きもあり、戦後80年の節目で非常に顕著に現れたなというふうに実感しています。
修学旅行生が訪れて平和学習の場となっている読谷村のチビチリガマで集団自決が起きた状況であるとか、犠牲になった数がわかったのも実は戦後38年経ってからということです。私は戦後ずっとこれは知られている出来事だと思っていたので、これが地域のタブーだったということを知って非常に驚きました。
このシリーズでは、こうした沖縄の歴史教育や平和教育というものが住民の重い証言や、地道な調査や研究で明らかになった事実の積み重ねであるということを強調して伝えています。戦後80年はゴールではなく、これからを担う子どもたちに沖縄戦の実相を伝えるということで、二度と沖縄を戦場にしてはならないという思いをつなぐ通過点として、これからも沖縄のメディアの一端を担う者として、しっかり伝えていきたいなと考えているところです。
○吉永委員長
ありがとうございました。続いて、B社の報道特別番組を視聴してもらいます。
○B社の制作担当者
この番組はラジオとテレビで同時に放送しました。戦後80年ということで、県民が(6月23日の)慰霊の日をどのように過ごしているのかを、変わっていく慰霊の形や、変わらない平和への思いをこの番組を通して届けようとしました。今年1月から、写真付きの投稿をX (旧ツイッター)で募集していて、それを6月23日の昼間から呼びかけるような形でこれまでの積み重ねと一緒に紹介しながら、視聴者と同じ時間を過ごしていこうという形になりました。実際に番組が終わったあとで10代の男性から、おばあちゃんの戦争体験や自身の平和に対する思いをつづった投稿が寄せられ、青少年がテレビを通じて平和を考えることについての手応えを感じたところです。
○吉永委員長
ありがとうございます。続いて、C社のニュース企画特集です。
○C社の制作担当者
今年は戦後80年の節目ということで毎週、戦争について考えるシリーズを放送しています。その中で、沖縄県立首里高校の生徒たちにスタジオに来てもらって、実際に彼女たちが提案している平和学習を実演してもらいました。私の祖母は沖縄戦を体験しているのですが、戦争体験者ではない高校生たちにはひいおばあちゃん(曾祖母)とかひいおじいちゃん(曾祖父)の話になってしまっていて、本当に体験者は遠い存在です。戦争イコール教科書の中の話になっている中で、生徒たちは沖縄戦というのはテレビだけで学ぶものではなくて、自分たちの生活の中で自分たちの問題としてとらえることが大切だということに、危機感を持って取り組んでいます。
実際に、平和学習をしている様子も取材しましたが、沖縄戦はこうだったと伝えること以上に、同世代の先輩たちから聞く言葉というのが、今の中高生に受け入れられる部分があるだろうなと感じました。放送局として、体験者の話を一つでも多く拾うことはすごく大事だと思うのですが、戦争を二度とくり返さない世界を作っていくためには若い世代がどんな思いで活動しているのかを伝えることも大事なのだと思いました。それが伝わる特集になればと思って制作しました。
○吉永委員長
ありがとうございました。戦争に関する番組を見るときに、自分に近いタレントやアイドルがつないでくれると素直に入っていけるという意見も中高生モニター報告に散見されました。
<沖縄県内向けのテレビ3社の番組について意見交換>
○池田委員
3社の番組に共通することだと思いますが、こういう記録や過去の映像を掘り起こした番組を見ていて、後世に語り継いでいくにあたって何が不可欠か、何が過去の記録から一番大事かと考えたときに、それは名前だと思います。実名なのです。(糸満市の)「平和の礎(いしじ)」を訪れたときもそうでしたし、A社の映像の中のひめゆりの塔にも氏名が全て刻まれている。それがすごく大切なことだと思っています。
戦後から80年のシリーズの中で、中学生の発掘作業で万年筆が出てきた話がありました。亡くなった軍人か住人か誰かの万年筆が壕(ごう)の中から出てきた。そこに名字と名前のイニシャルだけがあって、これは誰だろうと生徒2人が平和の礎に行ったら、「(名前を彫り込まれた)この2人のどちらかだ」とわかって、礎に刻まれた名前をすごく大事に手で触れていました。その人の子孫でもないし、関係者でもない。けれども、その名前を大事になでて、いとおしんでいる映像に私も涙が流れる思いをしました。その人の生きてきた証を後世の若者が大切に確かめ、思いを寄せているのですから。みなさんは日々、実名と匿名報道の現場で悩まれていると思いますが、ひめゆりの塔も平和の礎もそうですし、実名で記録する意味について、私は思いを確かにしました。記憶の継承という意味でも実名が大切だということです。
○佐々木委員
池田委員が、実名が大事だと言いましたが、別の言葉で言うとファクトなのだと思います。こういう名前の人が死んだ事実があるという意味です。事実を伝えていくのがメディアの役割かなと思いました。
(視聴者である青少年と)同じ年代の人がテレビに出ることの重要性というのを普段から感じています。同じ年代の子どもたちがテレビに出ていると、それを見た子どもは番組への注目度が高くなり、(平和学習には)ああいう方法もあるのだと刺激されます。だから、学校で知識を学ぶより効果があるし、知識だけでなくアクティブに学べるということです。
○山縣委員
私はC社の首里高校の番組に共感、共鳴して、すごく勉強になりました。1月から始まって、今回で46回。本当に粘り強く取材をされて番組を作ってきた。ほぼすべてに目を通しましたが、この回がとくに印象に残りました。一つは、スタジオに生徒たちで展開した場面の数分間、ここも非常に印象的でした。彼女たちが使った言葉で、「(沖縄戦で)生き残ったのは結果であり、偶然生き残ったに過ぎない」や、「生き残るための選択肢に正解はなかった」などです。本当に彼女たちを丁寧に取材して、さまざまな人たちから聞いて作ったのが放送でも伝わってきて非常によかったなと思いました。
首里高校の話は何社かが取材をしていて、6月だったか、当時は5人ぐらいのメンバーだったのが、今では20人弱になっているという記事も拝見しました。是非、地元の高校生が頑張っている姿を各社がいろいろな形で、首里高校だけではなくて、さまざまなところで頑張っている生徒がいると思いますので、応援してあげてほしいなと思います。
<パート2:沖縄県内向けのラジオ3社の番組>
○吉永委員長
次はラジオの3作品を続けて聴取します。最初はD社の番組コーナー企画です。
○D社の制作担当者
今年で6年目になる番組ですが、この企画は毎年、慰霊の日にパーソナリティーが戦争体験者に話を聞きに行ってリポートを放送しています。普段はバラエティー寄りの番組で、ニュースや政治についてコメントする番組ではなく、にぎやかに楽しく放送しています。ニュースや戦争の話題に普段触れなかったり、能動的にドキュメンタリーを見ない、見ようとしないという層の人たちにも戦争の問題を届けられるかなと思い企画しています。ラジオなのでXで聴いている人からのコメントがたくさん届くので、慰霊の日はリスナーからの感想を共有しながら、コミュニケーションを取りながら放送を進めました。
○吉永委員長
ありがとうございます。続いて、E社のラジオニュース企画をお聴きください。
○E社の番組制作者
この企画は、担当する女性アナウンサーが自ら取材して放送しました。オーソドックスな作りになったかと思いますが、毎年、慰霊の日がある6月には何らかの形のものを展開しています。今年は戦後80年企画ということになり、取材したアナウンサーには多くの声を残したいという大きな思いがありました。その中の一つを、みなさんにお聴きいただきました。とくに若い人たち含めて、多くの人にこの声を聴いてもらい、そして記憶してもらい、ぜひ次につなげてほしいという、そんな思いがあったと聞いています。
○吉永委員長
ありがとうございます。続いて、F社の番組内の特集企画です。
○F社の制作担当者
この番組自体は学生をターゲットにしたもので、今回、6月23日に一番スポットが当たるのがこの平和の詩の朗読ということでしたので、大舞台に立ったこの児童をクローズアップするという意味でも取り上げました。実際の放送では、彼が話した7分間すべてノーカットで届けることになり、ラジオの特性上、しっかり音として、また、想像しながら届けることができたかなと思います。
今回、これを取り上げたのは児童・生徒たちが、自分たちに近い人、年齢的に近い人の話だとスッと入ってくるという傾向があり、私たちの番組でも「半径3メートルの話」をやってもらうことを大事に制作しています。今回は小学校6年生の言葉で、彼がおばあちゃんから受けた話、それを飲み込んで彼がアウトプットした言葉をピックアップしました。最後に私が彼にインタビューして将来の夢を聞いたのですが、戦争の話だけではなくて、この世界があなたたちの未来にもつながっていくのだという意図を込めて、将来、何になりたいかという夢を聞きました。
<沖縄県内向けのラジオ3社の番組について意見交換>
○飯田副委員長
D社のコーナー企画ですが、放送のフローの中にこの証言(戦争体験者の話)がどういうふうに埋め込まれていくのかというところに非常に興味がありました。(事前に全編を聴取したところ)冒頭、ひめゆり学徒隊の舞台の話題から始まって、(沖縄戦と関係する)短編映画の話題、それから慰霊の日のニュース、という盛りだくさんの内容でした。生徒・児童の作文と詩の紹介もあり、6月23日、さまざまなメディアを通じて、多くの人たちがいろいろな働きかけをやっていることが、この番組に集約されている感じがしました。
自由度が高いラジオバラエティーならではの内容で、情報のハブになっていることが非常によくわかりました。あの証言がバッと入ってくるのがすごくかっこいいなと思いました。これはリスナーとの信頼関係がないとできないことだと思います。にぎやかに楽しくという基本的スタイルの中にこういう重い話を入れ込んでいくのは非常に挑戦的だと思います。6年目ということで、試行錯誤というか、年を重ねていく中で何か変化や気づきのようなものがありましたら、教えてほしいと思いました。
○D社の制作担当者
やっているのは毎回同じで、体験者の話を聞くということですが、作り手からの気づきとしては、パーソナリティーには若手が20代と30代で4人いて、彼らの、自分たちがきちんと伝えないといけないという覚悟や責任が、回を重ねるごとに上がっていっていると感じます。
○佐々木委員
E社のニュース企画ですが、(体験を語った)98歳のおばあちゃん(太田康子さん)にしてはすごく滑舌がいいなという印象で、とても聴きやすかったです。普段から語り部の話の饒舌さがあるのかなと受け取ったのですが、その辺の工夫は何かあるのかというのが一点と、太田さんがその後、マラリアで苦しんだという話でしたが、戦争が終わっても苦しんでいる人いたのだということが大事だという意識、意図もあったのかというところの二点を教えてください。
○E社の制作担当者
直接取材した当事者ではないので詳しくお伝えできるかどうかわかりませんが、沖縄の場合、いわゆるおじいちゃん、おばあちゃん、おじい、おばあで、元気でしっかりと話ができる人は結構いらっしゃいます。そうした中から見つけてきて話を聞いたということかなと思います。
それから、マラリアに罹患したなどのさまざまな苦難の過去があったことも、太田さんの証言を通して、その実相を伝えたいという思いがありました。6月の放送ですから大体4回か5回のシリーズだったと思うのですが、何人かの体験者に話を聞いて、その人たちの人生を通して沖縄戦というものをあぶり出したい、今、残しておかないとこうした声は聞けなくなってしまうという思いでした。とくにラジオですのでシンプルに、夕方の情報番組でしっかりと構成をして伝えたという感じです。
○池田委員
F社のさきほどの解説の中で、学生をターゲットにした番組と聞いて腑(ふ)に落ちた点がありました。というのは、戦没者追悼式に関わった合唱団や学校名が具体的に挙げられていたからです。すばらしいと思いながら聴いていました。
これは追悼式のあったその日の夜の放送ですね。そこで、「平和の詩」の朗読をノーカットで7分間全部、流したのですね。これはすばらしい取り組みです。しかも、学生向けのポップな番組の中に平和の詩の朗読があったという、何とも言えない、これこそ沖縄だと思いました。感動しました。
質問したいのは、慰霊の日の平和の詩の朗読の放送は毎年されているのかということと、前後の選曲はどのようにされているのか、毎年変わっているのかをお聞きしたいと思います。
○F社の制作担当者
私は8年前に一度、番組を卒業して、去年また帰ってきました。昔やっていたときには平和の詩の朗読を続けていたのですが、私が離れたときに途切れて、また今年から復活しました。
選曲に関してはなるべく若い人が歌って、しかも沖縄の人が歌っているというところをピックアップしようとしています。これは私だけではなく、パーソナリティーも含めて20代の2人のアンテナにも引っかかるアーティストの中から、こういうことを次にしゃべるのでこのしゃべりだったら、この曲にしようとスタッフみなで、打ち合わせる中で選曲は決めています。
<パート3:全国向けのテレビ2社の番組>
○吉永委員長
最後に、全国向けに放送されたテレビの2番組をご覧いただきます。まずG社のニュース特集企画です。
○G社の制作担当者
この作品は、これまで沖縄戦の企画を10本ぐらい制作してきた東京本社のディレクターがまとめたものです。彼女によると、狙いは2点あって、まず(旧制)沖縄県立第一中学校(現沖縄県立首里高校)には当時、鉄血勤皇隊と通信隊があって、戦死してVTRのなかで写真が掲示された一中の少年たちのことを多くの人に知ってほしかった。校内にある(遺影や遺品が保存されている)養秀同窓会館の展示室を訪れる人があまり多くないからということでした。それをどう伝えるかというときに、遺髪や爪であるとか、遺書などを示すことで、当時の少年たち一人ひとりの個性ある姿のようなものを浮かび上がらせたいという意図がありました。
もう一つは若手キャスターの斎藤佑樹さん(元高校球児で元プロ野球選手)をリポーターにすることで、当時戦場だったことを、たとえば(遺物である)砲弾を持ったときに「ああ、重い」とか、(米軍との戦闘下、少年たちが食糧を運ばされた)ジャングルをたどりながらつぶやく言葉によって、アスリートである斎藤さんから(同じ生身の人間である)身体性とでもいうのか、そうしたものが伝わるのではないかということでした。
○吉永委員長
続いて、H社のニュース企画です。
○H社の制作担当者
私が実際に(首里城下の地下壕跡を)撮影したのは去年5月です。沖縄県も年に一度しか調査に入らない場所なので、綿密に準備をして入らせてもらいました。その映像は公共財ということで各局にも公開して、みなさんに伝える形で映像を撮らせてもらいました。
入ったときの感想としては、将来の公開を目指しているとはいうものの、やはり危なくて次に入れるかどうかわかりません。中へ入ったら息苦しいですし、湿度が100%に近いので、汗がすごく出てくる状況でした。そうした状況を伝えるためにはどうしたらいいのかと考えて、今回作らせてもらったのが全国向け番組のリポート企画です。
このリポートの中で2点だけ意識したのはローカル放送と違って全国放送だということです。正の歴史、負の歴史ということで、首里城と地下壕という、首里城なら誰もが知っているところも踏まえて、それを入口にしました。放送でVR(バーチャルリアリティー)とフォトグラメトリーという技術(複数の写真からフォトリアルな3Dモデルを生成する技術)を使って演出したのですが、番組キャスターが出てくることで少しでも視聴者に体感してもらえるのではないかという思いも込めて、このバーチャルという演出にしました。もう一つは、80年も経って当時のことを語れる人が少なくなる中で、「物や場所が語り出す」というか、想像をかき立てることができるようなきっかけになればいいなと思いリポートを制作しました。
<全国向けのテレビ2社の番組について意見交換>
○髙橋委員
G社の特集企画についてです。昨日、学校の先生たちと意見交換したとき、こういうメッセージを誰が伝えるのかがすごく大事だと話していました。つまり、同年代の子たちが伝えると同年代に伝わりやすいし、あるいは同じ話をするのでも、名前が知れていない人が解説するよりも認知度がある人が説明したほうが、伝わりやすいのではないかという意見でした。高校球児として活躍した斎藤佑樹さんというキャスター自身が、それこそ戦争に駆り出された当時の(旧制)中学生と同じ年ぐらいのときに甲子園で汗を流して活躍していました。その本人なので、その対比みたいなところも感じる番組だったなという印象でした。
この番組は全国放送ですが、G社の本社が夕方と深夜の全国ニュースで、「いまを、戦前にさせない」というキャンペーンを張っていましたね。そのキャンペーンがうまい具合に連動していたなと感じました。本社のアーカイブでこの番組を見られたり、Yahoo!ニュースでピックアップされたり、リアルタイムで放送されたときだけでなく、さまざまなところで多くの人の目に触れたという意味では、たくさんの人に知ってもらう効果はあったのかなと思います。
昨日の先生たちの話題の中で、修学旅行で来る生徒たちは沖縄のことをすごく勉強して来ますが、沖縄に住んでいる子たちは意外と事前知識がないという話がありました。それで、一点お聞きしたいのは、(旧制)沖縄県立一中のことや、養秀同窓会のことは県内での認知度はどの程度なのか確認したいです。
○G社の制作担当者
C社の特集企画で取り上げていた県立首里高校が(旧制)県立一中の後継の新制高校です。在校生は、一中の歴史をきちんと学び続けるような仕組みができているのですが、ほかの高校ではどうなのかというのはよくわかりません。それぞれやっているところとやっていないところがあるという感じなのだとは思います。
○C社の制作責任者
実は私の父が「(県立一中の)鉄血勤皇隊」で、私は今、51歳ですが、父が50歳近くなってからの子なので、(鉄血勤皇隊に動員された生徒の)子どもとしては最後の世代になると思います。少年兵で生き残った人が少ない中で、生き残った人たちも戦後の暮らしの中では体験をほとんど語ることができなかった人たちが多いのです。そういう中でも、岸本さんという男性がボランティアで長くこの養秀会館という同窓会館を守って、遺髪や遺書などを一つ一つ、個人が中心になって集めてきたということです。実は「ひめゆり学徒隊」よりもフォーカスされてこなかった資料館なのです。沖縄戦を取り上げるメディアも、毎年のように取材をしてきましたが、あまりにも伝えなければならないことが多くて、なかなかスポットが当たらないところがまだたくさん残っています。
先ほどあった、毎年のように慰霊の日にどういうことを伝えていくかという話についてですが、時が経ったからこそようやく語れるようになった、気持ちの整理がつくようになった、また、定年退職して社会的なさまざまな役割や責任から解放され、今なら自由に語れるという人たちが実はいらっしゃいます。語り部の話を撮らせてもらうことでは、先輩たちがやってきたことを繰り返すだけではなく、まだまだ私たちが見つけていない大事な話というのがたくさんあるのかなと思っています。E社のラジオニュース企画の中で、おばあさんの言葉一つに非常に重みがあって、人の声ってこんなに伝える力があるのだなということを改めて感じました。そういう意味では放送というものにまだ大きな可能性があると信じたいと改めて思いました。
○佐々木委員
H社のニュース企画についてですが、首里城の下に旧日本軍の司令部があったことはよく知りませんでした。すごく印象に残ったと同時に保存すべきだという気持ちが強く湧いてきて、ここに募金箱があったら入れたい気持ちです。それぐらい意義のある番組だなと思いました。
そこで質問ですが、映像を公共財にするのはとてもすばらしいことだと思うのですが、自由に使えるのか、どうやったら使えるのかということ、VRはどこかで試せるのかということをお聞きしたいです。
○H社の制作担当者
VRはまだ当社のシステムの中に入っていて、いろいろな場所で公開しています。今年の慰霊の日には県の平和祈念資料館の中で一般の人にも見てもらいました。首里城公園の中にある首里杜館(すいむいかん)でも、公開しています。まだ定期的にできているわけではないのが現状です。公共財としてどこまで使えるかという話ですが、県には共有していますが、それ以降どこまで共有できるのかは調整が必要かなと思っています。
【意見交換 第2部「戦争と平和の問題を次世代へ引き継ぐ取り組みについて」】
○吉永委員長
ここからは第2部です。全局の番組を対象に戦争と平和の問題を次世代にどうやって引き継いでいくのか、その取り組みなどについて全般的な話を進めていきます。まず、飯田副委員長に視聴・聴取した番組全般の総括的な感想をお願いします。
○飯田副委員長
昨日、平和教育に取り組む小・中・高の教員のみなさんとの意見交換会では、先生たちに放送に期待することについて話してもらいました。放送番組の作り方と学校教育の現場で子どもたちにどう教えていくかに関しては共通点が非常に多いと、今日、改めて強く感じました。抱えている課題も重なるところが多いと思います。
例えば、「記憶の記録」という話がありましたが、戦争体験者の語りに頼れなくなっているのは放送も学校教育の現場も全く同じです。学校においてはこれまで蓄積してきた平和教育の伝統が通用しなくなってきていて、教えなければいけないことが変わったわけではないのですが、教え方を変えていかなければならないということで、先生たちは非常に強い危機感を持っていました。学習者主体のアクティブラーニングやワークショップ、VRを活用した取り組みなど、さまざまな試行錯誤をしている段階です。「株式会社さびら」のような、アクティブラーニングを実践している企業との連携も取り入れています。そうした傾向にスポットを当てて取材した番組も今日、拝見した中にあったと思います。
学校現場では教育と学習を区別しています。教育は、教える中身の話です。それだけではなくて学習環境をどうデザインしていくのか、その両方を考えないといけないので難易度が上がっています。
放送もおそらく同じなのではないかと思います。伝えるべきメッセージは不変性も当然あるのですが、そのメッセージを入れ込むフォルム、フォーマットと言ってもいいかもしれませんが、そういったところを考え直さなければいけない。そこで今日の話に出たような、モノや場所に語らせるという方策が現れてくるのかなと思います。
昨日の先生方の話でもう一つ衝撃的だったのは、子どもに関しては自分たち教員が頑張っていけばいろいろ教えられるのだけれども、大人がきちんとわかっているのかというと、そうではないということでした。大人の学び直しというのは非常に難しいし、とくに若い先生たちに自分たち(ベテランの教員)の問題意識をどう伝えていくのかという、いわゆる教師教育の難しさについて深刻に語ってくださいました。
その点、大人や教師への働きかけということに関して、放送の果たす役割への期待感を現場の先生たちが強く持っています。そういう意味でも今回、視聴・聴取した番組から放送の可能性を強く感じる点が多かったと受けとめています。
○沢井委員
D社のラジオ番組で、戦時中は12歳だった90代の体験者が非常に苛酷なことをボソ、ボソと話していました。人が死んでいるのもたくさん見たよと、死体を踏んづけるようにして歩いても、もう何とも思わなかった、怖くもなかったと。「怖い場面は見たくないです」ということとは対極の話で、ものすごく悲惨で苛酷な戦争の現場では、子どもたちも死体を見慣れるわけですね。見慣れてしまってもうびっくりもしない。悲しいかもしれないけれども、もう怖いという気持ちすら感じなくなる。
暴力場面をテレビで見続けるとどうなるかという研究は心理学でもメディアの研究でもたくさんあります。過去60年ぐらいの研究を全部解析したものを見ると、暴力的な映像や、人が死ぬとか、バンバン撃つなどのシーンを見慣れてしまうと「脱感作」が起きて、暴力的なものを見ても何も感じない、鈍感になってしまうということです。
本当の戦争になれば人の心は子どもであっても怖くなくなってしまう。それは大変不幸なことです。脱感作の状態になり、見慣れてしまって耐性ができてしまう。逆に言うと、トラウマとなってあとあとの人生に非常に暗い影を落としたり、フラッシュバックして不安になったりということが起きるかもしれない。怒りっぽいお父さんになってしまうかもしれないと感じさせます。そういうことを(放送の番組で)追っていくことも大事なのかなと、90代の体験者が実体験を話すのを聞いて思いました。
本当の戦争がどういうものだったのか、心にどういう影響を与えるのかを考えさせる番組は、大人も開眼させると同時に、子どもたちと一緒に学ばなくてはという気持ちにさせると思いました。
○山縣委員
私は広島出身で8月6日は(原爆投下を)必ず思い出させてくれる日です。マスコミを含めてそれが普通だと思っていました。ところが全く知りませんでしたが、大阪に行くと3月13日という大空襲の日があるのです。沖縄の6月23日という(慰霊の)日が印象付けられたのも、この10年前後のことだと思います。それ以前は(慰霊の日の式典が)あまり全国放送されていなかった印象です。今日拝見した番組もほとんどが6月23日前後の放送でしたが、そこだけでいいのだろうかということです。年間イベントのひとつになっていることを放送局はどう考えているのかなというのが一点目です。
それから二つ目は、今日の番組の中で1年間ずっと4、5分、長くて7分ぐらいだと思いますが、延々と毎週やり続けているのがありました。こういうのはきっと心に残るのではないかと、見る機会も増えるでしょうから。昨日、学校の先生たちが「6月23日で沖縄戦が終わったわけではありません。それをマスコミの人たちにしっかり伝えてほしい」と言われました。そのことも含めて二つ目の話をさせてもらいました。
三点目は、家庭でつないでいく、家族の中で、親から子へ、おじいちゃん・おばあちゃんから孫へというつなぎ方がだんだん難しくなってきました。それは語りたくないというよりも語れない人たちが出てきたということだと思います。それをカバーするのが学校と社会でしょう。
社会は意図的でなくても歪んでいくものだと私は思います。時間が経てば自分たちの印象に残っているところだけを語り継いでいって、ほかの人から見たら重要な部分も捨象してしまう。結果として、事実から少し離れたところだけが伝わっていく。こう考えたときに学校の重要性というのは非常に大切ではないかと思って沖縄を訪れましたが、昨日の先生たちの話では「もう学校で平和教育をやる時間はほとんどなくなってきています」ということで、ガクンときました。
学校だけで教育をするのが難しいのならば、現在、各社がいろいろな固有の資料や蓄積データを持っていると思いますが、一定の放送教材を「沖縄の放送局のチーム」として共有していくのは難しいでしょうか。第1部でH社の制作担当者が「代表取材という形で首里城の地下壕跡に入りました」と話したのを聞いて、そう思いました。自分たちが作った財産を大切にしたいという部分もあるでしょうが、沖縄発信として、沖縄の子どもたちにしっかりと伝え、それを日本全体に発信するために、どんな立場でも使えるものができると、大阪でもぜひ使ってみたいなという感じを持ちました。
○代表社の参加者
山縣委員が指摘されたことについて、沖縄のメディアはすごく誇りに思っています。この1年間ずっと自社と他社の放送を毎日見ていました。年間を通して、みなさん放送していますし、この1年だけでなくても3日に1回ぐらいは沖縄戦のことを取り上げていますね。6月23日だけでなく何かにつけてあるのです。例えば(1944年)10月10日の「10・10空襲(じゅうじゅうくうしゅう)」ですとか、旧日本軍が南部に撤退することを決めた日(1945年5月22日)があり、実際、撤退した日(同年5月27日)もです。
だから、カレンダージャーナリズムという言葉がありますが、一時期に集中するという意味でのカレンダージャーナリズムではなく、年間を通しての意味でのカレンダージャーナリズムをやっていけていることを仲間とともに誇りに思っています。ただ、それが全国に向けて発信できているかというと、それは長年の課題です。H社が6月23日の全戦没者追悼式を全国放送するようになってからまだ20年も経っていませんから。
山縣委員が言われたように、「家族から家族へ」というのはまさに難しくなっています。高校生から高校生へという形が5年ぐらい前から始まっていて。高校生から中学生へ、去年(2024年)には中学生から小学生へという形です。また役場の職員が学んで、それを学び直しをする一般の大人たちに伝えるということが、少しずつ始まってきました。みなさんが心配する中で少しずつ希望が持てています。このような芽を、戦後80年以降につなげていくために、私たち放送局が後押しをしなくてはいけない。放送することで後押しになるという機運につなげていかなくてはいけないと思います。
沖縄の放送局のチームの話ですが、他社の仲間とプライベートの場では20年前から「お互いのアーカイブをどうにかしたいよね」と話していますが、なかなか難しい問題です。共有すべき財産だからという感覚よりも、競争がまだ先に立っていて非常に難しいところがあります。
○吉永委員長
8月ジャーナリズムと言われて、8月になると全国一斉に戦争の報道をするということなのでしょう。一年を通して戦争を常に伝えていくのは、沖縄ならではだろうと思います。
東京でも(1945年3月10日の)大空襲で一晩に何万人も亡くなっているわけです。それで新聞はやりますが、新聞を受けても、テレビはほとんど報じません。若い人は新聞を全然読みませんからテレビを見てほしいと思っても、そのテレビで東京大空襲を伝えるのをもう何年も私は見ていません。
だから、東京がどのように無差別攻撃に遭ったのかを、東京に住む人はほとんど知らない。ある意味で、内地と沖縄との戦争というものに対する温度差がどんどん広がっている状況にもあるのかなと思いました。
○髙橋委員
私は鹿児島県出身なので、地元ではどうしても知覧の(旧陸軍航空隊の)特攻隊がメインに報道がされていました。実は鹿児島県には知覧以外でも特攻隊の基地がたくさんあるのですが、全く知られていない状況です。知覧の特攻隊の「特攻平和会館」に子どもたちが修学旅行や遠足で行くのですが、青少年が戦争に参加したことに関しては「ああ、かわいそう」という感じで終わってしまっているようです。
何が起きたのかというファクトをメディアがしっかりと伝えることは大事なので、まだまだ知られていないことを多くの人たちに知ってもらうことは大事なミッションだと思います。一方で、昨日「株式会社さびら」の安里さんが話していたのですが、継承することが目的になってしまっているのではないかと。継承し、結果としてこの平和をずっと続けていくことが目的なのだけれども、とにかく継承していくことだけがゴールになっている感じがするという懸念を語っていました。
学校だけなくマスコミと一緒に、子どもたちが、なぜ戦争が起きるのかや、どうしたらこの平和を守れるのかなど、そういうことを考えられることができたらいいのかなと思います。戦後100年になってもこの平和が守られるために、子どもたちが考えていき平和を守っていけるような番組作りができたらいいのかなと思い始めたところでした。
○参加者
生徒・学生たちに向けて番組を作っていて感じるのは、まじめに作ろうとすればするほど届かないということです。まじめに作っても「今これ、学生に届いていないな」と実感するところがあります。
その中で今日、C社の番組で紹介してくれた首里高校の生徒たちの取り組み、これが一つの答えを示してくれたのかなと思いました。自分たちの頭で疑似体験することです。私もさきほど「(番組内の生徒に)3秒で答えてください」と呼びかけられたときに、自分で真剣に考えてしまったので、「ああ、自分のこととするのが、すごく大事なのだな」と気づきました。(番組を)自分で作っていても、これをどうやって届かせるかがすごく課題になっていたものですから、こういう体験ものにするのはすごくいい方法だなと気づかせてもらいました。彼女たち(首里高校の生徒)のことはとても興味があったので、また取材させてもらいたいと思います。
○吉永委員長
真剣にまじめに取り組めば取り組むほど届かないというのはノンフィクションの作品にも言えることです。何年もかけて綿密に取材をして書いたものほど売れないことがあります。
なかなか伝わりにくい問題だけど、伝えていかなくてはいけない。そこにさまざまな葛藤や工夫などが求められるようになるのかと思います。地元で番組制作をするうえで難しい点があるのかなとは感じるところです。沖縄での取材、番組制作におけるご苦労などがあれば、聞かせてもらいたいと思います。
○代表社の参加者
取材における苦労ではないのですが、(旧制)県立一中の資料館の解説員の人と同席する機会があって、そのときの話では、平和ガイドのベテランの人でも子どもたちに沖縄戦の体験を知らせるときに「この場所でこんな悲惨なことがあったんだ。こんなむごいことがあったんだ」とこれを子どもたちに伝えないといけないのかと、少し疑問を持っているといいます。結果的に、本人が感じたいときにそれが届くことがいいのではないかという話がありました。いわゆる沖縄戦の教え方、沖縄戦のとらえ方というのも、沖縄県民としてこうあるべきだというところに沿ったものに乗ってきてしまったのかなという感覚が今、いろいろな取材をしていて確かにありました。
解説員の人が、若い人たちにまず一中学徒たちを知ってもらうときに、当時の全体の集合写真を見せて、その中には下駄を履いている男の子がいたりとか、制服が結構ラフになったり、はだけていたりなどしているのを示す。普通に見ると気づかないかもしれないのですが、実は当時もハイセンスな子たちがいたり、少しやんちゃな子たちがいるクラスがあったりとか、そういう目で見ると、非常に親近感が湧いてきます。自分たちと同じ感覚の子たちが当時もいて、生徒たちが戦争に向かう授業の準備はおかしいではないかとボイコットしたという話もあるらしい。これらは普通に沖縄戦を取材して資料を漁っている中ではなかなかたどり着けない情報です。こうして見方を変えると、沖縄戦というものに違ったアプローチがあるということを非常に感じました。沖縄戦のとらえ方ということに、私たち作り手のほうもさまざまな工夫をして、当時にどう思いをはせるかということが必要なのだと思いました。
○参加者
映像資料を活用しながら、沖縄県内の大学で、それをコンテンツとして教えています。県内で、とくに基地問題、平和、戦争を教える際に学生一人ひとりを取り巻く状況が違っていて、例えば親が基地で働いている学生もかなりいます。沖縄戦を教えることや、平和、基地問題を教えていくということは(番組制作とは)全く違うフェーズで、番組制作者が伝えたいと思っていることも、受け取る側の状況によっては丁寧に説明しないと、「自分の親が基地で働いているから悪者なのではないか。批判されているのではないか」などの偏見や差別を生み出しかねない危険性があると実感しています。そういう中で、テレビ、放送の役割というのは非常に大切で、自分たちの意見がまだ固まっていないからこそ、そういう学生たちにどのようにコンテンツを見せていくのかというのは非常に大切だなと思いました。
先ほどあった、テレビはお茶の間ではなく、個人で見るという話で、周囲の人たちと会話をしながら理解していくということではないとありましたが、実際、私もそれを感じています。一方で、イベントなどで、番組を見てもらったあとに実際に出演してもらった人にトークをしてもらう、事前にきちんと教員が教えたあとに見てもらうなど、いろいろなオプションを同時進行で行いながら、今までテレビ局が作ってきたものを活かしていくということは重要ではないかと思います。番組に出た人が自分たち(学生たち)の目の前に立って、もう1回話をしてくれるというだけで目の輝きが全然違ってくるところもありますし、そういう活用もあるのではないかなと考えています。
○池田委員
昨日の学校の先生たちとの意見交換会でも、沖縄現代史の伝え方が難しい、社会科の先生も悩んでいるという話がありました。沖縄戦のことはもちろん教えるし、それが現在の基地の問題や性暴力の問題などとつながっているのですが、そこの教え方が大変難しい。教えている生徒の中には保護者が基地で働いていたり、関係者だったり、自衛隊の関係者の人もいる中で、触れたいけれども触れ方がわからない。触れなければいけないことはわかっているがどうしていいかわからないなど、もがいているような印象受けました。
その中で映像資料の活用はとても大事だと思います。各社は、戦中の映像、戦後を振り返る映像、すなわち現代の問題につなげる映像で、多くの番組を作ってきたと思います。これだけの貴重なみなさんの英知、時間も労力もお金もかけて作った貴重な作品や映像があるのです。先ほどアーカイブ化は難しいという話もありましたが、次世代に引き継ぐ取り組みにおいては、これらの番組を使わないのはあまりにもったいないと思いました。
○参加者
私の両親は伊江島の出身です。伊江島も激しい戦闘があって、(米軍による)強制収用で土地が奪われて基地ができたという、戦後は戦後で非常に苦しい道のりを歩んだ島の一つです。そんな中、私は軍用地料で大学を出ました。私のいとこたちもみなその恩恵で大学に行かせてもらったという側面があります。
私も実はずっとそれを負い目に感じながら、アメリカ軍基地に関する自分自身の考えや平和に対する考え方は持ちつつも、それを口に出すのがすごくしのばれて、なかなか口にできない時期が、マスコミに入ってからも続きました。
だいぶ縮小したとはいえ、基地経済の恩恵を受けながら生活している人、そして、私と同じようにどうしても後ろめたさを感じてしまう子どもたちがいるのは事実だと思います。当事者の一人として、それは強く感じました。そういう意味では過去のコンテンツの出し方に関して、丁寧な説明がないため心に傷を抱えたまま大人になってしまうということがあってはいけない。私自身、そういうトラウマがあったものですから、今の話を聞いて、それを思い出しました。マスコミ人として、そういう出し方、そして青少年に与える影響の強さというのは改めて考えなければいけないなと思いました。
○吉永委員長
報道するとき、どの立場でどういうふうにやっていくのかという非常に根源的な話にもなるのかなと思います。次世代にどう伝えていくのかということでは、学校の先生はダイレクトに次世代と向かい合っているわけで、そこでの悩みは、放送がどのように若い人にも伝わるコンテンツを作ろうかというときの参考になるのかなと思います。
難しいのは、米軍(の基地)に勤めている保護者の子ども、米軍のところの子どもがいるし、自衛隊関係の子どももいるということになって、大人社会の分断は必ず子どもの社会も分断する。その分断によってその子どもたちの社会の中で、「戦争はいけない。平和を守ろう」ということに複雑さが出てくる。これはもう大変だからやめてしまおう、なるべく当たり障りのないところにしておくのが一番楽な方法かもしれません。でもそういう分断があるからこそ、その分断を乗り越えて共有できるもの、伝えるべきものを求めてコンテンツを作っていくこと、そして、分かり合う場を持つことが大事なのかなと思います。
【意見交換 第3部「子ども・青少年を対象とする取材活動などの課題について」】
○吉永委員長
ここからは第3部です。日常の番組取材活動にともなう、とくに子どもを対象にした取材についての問題提起をしていただきます。
○代表社の問題提起
「小学校のときにインタビューを受けたのですが」という電話が去年(2024年)、当社にあって、高校生になった今でもネット上に動画が残っていて、(周囲の)いろいろな人から「映っているよ」言われたり、拡散されたりするのでやめてほしいということでした。
過去に放送した子どものインタビューといっても、ほのぼのとしたいい場面で、中身としても何か意見を言うというものではなかったのですが、ネットに残っているという状況でした。子どものインタビューや映像を今後どうしていくべきなのか。撮影をするときにも気をつけないといけない状況になっているのか。保護者や学校の同意は得ていたのですが、子ども自身がどうとらえるかというのは、非常に難しい問題でした。今後はどのように取り組んでいけばよろしいでしょうか。
○吉永委員長
子どもの取材をしたことで、同じような経験をされた社があるかと思うのですが、類似のケースでそのときどう対応しようとしたか。いかがでしょうか。
○参加者
大学生の討論番組を作ったときに米軍基地問題や自衛隊問題を議論しました。その発言部分を番組の宣伝を兼ねてSNSで発信をしていました。出演した学生たちには事前に「SNSでも番宣でも使いますよ」と了承を取っていました。ただ、それでどんな反応が来るかわからないので、SNSで起こったことを処理し、かつ出演した人たちと24時間、常に連絡が取れるような担当を置いてやりました。
反応は大体予測した範囲だったので、最初は何もなかったのですが、基地問題について自衛隊の基地があることに対してわりとプラスのことを言う人の発言がSNSで、中国で拡散される状況になりました。これは想定してないことだったので、本人から取り下げてくれ、やめてもらえませんかと言われてやめました。これまで全く想定しないようなことが、番組を通じて起こることがあるので、今までの番組作りとは明らかに違う態勢を作って、対応も多様化していかなければならないと思いました。
このときの討論番組では、学生が100人ぐらい出てくれたのですが、すべての人から了承は取ったうえで、誰からでも連絡を24時間受けられる窓口を置いたのはよかったと思います。ただ、本当にいろいろ難しくなってきていると感じました。
○吉永委員長
ほかに子どもの取材に関して苦労しているとか、こんな問題が起きたという経験のある人はいらっしゃいますか。
大きな事故の現場に子どもがいたときに、その子を取材したいが、それによって何が生じるのかというような問題と、子どもだから整理しないまま発言してしまうこともある。それがまた、SNSで拡散されるということと、一度SNSに流れたものがネット上にずっと残ってしまうという、複数のリスクを抱えながらの取材ということになると思います。
また小学校入学の微笑ましいシーンってありますね。ランドセル背負って、名札つけて初めて学校に行くシーンが、今は放送しにくいことを以前の意見交換会で聞きました。これは(テレビに映ると)名前がわかってしまう、それから顔がわかってしまう、子どもが特定されることで誘拐などの犯罪被害者になるのではないかという懸念まで配慮しなければならない。では、顔も名前も隠して、ランドセルだけ背負う後ろ姿だけで小学校入学というニュースになるのだろうかという意見でした。そういう意味では子どもの意見も聞きたい、子どもだって話したいことがあるというときに、本当にやりにくくなっている現状があると思っています。
○飯田副委員長
毎年こうしたテーマが青少年委員会の意見交換会では話題になります。そのときにいつも申し上げていることですが、これは子どもに限った話でも、放送に限った話でもなくて、社会全体の変化だと思います。
大学でも全く同じです。広報活動の一環として在学生や卒業生のインタビューをネットやパンフレットに載せているのですが、ネットに関しては載せたまま放ったらかしになっていることが多く、卒業後ずいぶん経ってから、削除してほしいという依頼がずいぶん増えてきています。転職したから、就職先や内定後のインタビューを下げてほしいという依頼は以前からあったのですが。以前からいやだなと思っていた人はいたけれども、一旦取材を受けた以上は仕方ないという諦めが強かったのに対して、近年は比較的、声を上げてよいのだという雰囲気も広がってきたのかなと思います。
今世紀の初頭、インターネットが普及し始めた頃に、「プライバシー権から自己情報コントロール権へ」という議論がありました。何を隠すかということではなくて、どういう情報を開示していくかを生活者が各自コントロールしていくという考え方が大事だということです。ただ今世紀初頭では、多くの人にとってはまだひとごとでした。この四半世紀のあいだにソーシャルメディアが普及して、多くの人がそういうコントロールを自分でしていいのだと、自分自身の問題としてとらえるようになってきたという大きな変化があったのだと思います。
一方で、社会の側は、例えば学校のPTA活動もLINEグループで行われていて、保護者どうしも互いに顔も名前(本名)もわからない状態でも、チャットのやりとりで必要な作業だけは進んでいきます。顔や名前がわからなくても、必要なコミュニケーションが取れる社会になってきている。社会学では「インティメイト・ストレンジャー」と呼ばれますが(富田英典『インティメイト・ストレンジャー:「匿名性」と「親密性」をめぐる文化社会学的研究』関西大学出版部、2009年)、そういう匿名化社会が徹底されてきた状況です。それは放送が、とくにテレビが持っている(顔出し・実名という)魅力とは非常に対比的であり、放送に対しての負の影響が今後、いろいろな場面で出てくるのではないかと感じています。
○池田委員
最初の問題提起について、小学校時代のインタビューを受けた子が高校生になって、ネットに載っている映像を下ろしてほしいという要望だと理解しました。これはニュース映像ですね。当時、ニュースバリューがあると考え、公共性・公益性あると判断したうえで報道して、それをネットに載せたということでしょう。プライバシーや肖像権などの問題をすべてクリアして出されたのだと思います。そういうときの取り下げは慎重にしたほうがいいと考えます。
もし今から振り返ってその当時、プライバシーや肖像権の処理などにちょっと問題があったと感じられたり、その高校生がなぜ取り下げてほしいと言ってきているのか、どのような問題が生じているのか、その申し出がそのとおりだと考えられるなら、必要に応じて取り下げる判断をしたほうがいい場合もあると思います。
しかし、今から振り返っても、当時の映像に問題はないと考えられるし、いろいろな権利関係もきちんと処理してあるのであれば、取り下げの判断は社として慎重にしたほうがいいと思います。重要なのは取り下げてほしいと言っている高校生に生じている問題が何かを把握し、それが社会生活上の受忍限度を超えているかどうか、それが一つのポイントだと思います。そのような検討をすることなく、取り下げてほしいという要望が何件も続いて、全部、はい取り下げますという対応を取るのは、報道機関として慎重にされたほうがいいというのが私の意見です。
つぎの討論番組の場合は、本人たちに事前に説明したうえで了承を得てSNSに載せ、それで24時間連絡を受ける態勢をとった。それは非常に大事なことだと思います。そのうえで中国で拡散するという想定外の事態が起きた。番組の宣伝を兼ねており、さきほどの高校生のケースとは違う判断が求められていいし、とくにネット上の誹謗中傷は今、非常に問題です。社会生活上の受忍限度を超えている、超えるおそれがあるのであれば下げる判断をしたほうがいいと思います。
○吉永委員長
ラジオの放送というのは、声を取材して自由に放送できるというところでは、テレビより許容度が高いと判断してもいいのでしょうか。
○ラジオ局の参加者
民放連の放送基準で出演者保護ということが条文(2024年新設の第56条)に明文化されて以降、私たちも出演者の保護について考える意識や感度が高くなった部分はあります。しかし、音声コンテンツをそのままネットにアップすることが、当社の場合は、ポッドキャストであればあるのですけれども、そこに一般のリスナーですとか、あるいはインタビューした人の声が載ることがないものですから、テレビ局のような問題は当社に関しては、とくに発生していないという状況です。ただ今後、似たような案件が出てくる可能性はあるかと思います。
radikoなどもあって、放送が終わったものが今は、契約によっては30日間聴けるのですが、30日という限度がありますので、インタビューした人の音声が私たちの意図しないところで拡散されて、それが本人の受忍限度を超えるような反響につながるということは今のところありません。当社の番組制作の中では想定しにくい内容だと考えています。
○ラジオ局の参加者
(番組制作の一環で)写真を撮らせてもらって、SNSでアップすることは日常的になっていて、とくに高校生以上にもお願いして撮らせてもらうことがあります。その際には必ず、(写真に)出たくなかったら外れてとか、マスクしていいよなど、その辺はもう自由意志でお願いしています。
全体写真を撮るにしても、写りたくない人は写らないところにいてねというアナウンスをして撮影し、どことどこで何々に使いますよという説明をして使わせてもらっています。
○髙橋委員
(テレビの場合は)どういう内容を残すかというのも大事かなと思います。例えば事故に遭遇したときや災害時のインタビューは、そのときには保護者が許可したから出ていても、それがあとまでネット上に残っていて、(それが目に触れると)その事故や災害がフラッシュバックするということは起こり得えます。災害時などのケースには気をつけたほうがいいとメンタルヘルス上から考えるところです。
○代表社の参加者
池田委員に質問です。先ほど、肖像権とかプライバシーなどの処理がしっかりされていれば、削除しないほうがいいという話を聞きましたが、例えば戦争、過去の体験者のインタビュー、もう20年も30年も40年の映像があったとして、あの時代に連絡先だとか、肖像権クリアしましたよというようなやりとりをしていない映像があります。ほかの社にもあると思いますが、そういう映像を使う場合はどういう判断になるのか。今、権利主張が強い時代において、逆にそこでたじろいでしまっては本当に重要な証言が埋もれてしまうということも考えられるので、私たちメディアが被写体のみなさんになすべきこと、遺族の方にもすべきことについて何かアドバイスがあれば聞かせていただけますか。
○池田委員
権利関係の処理が今ほどきちんとされていなくても、当時の証言映像は、本人の同意があったと推定されるでしょう。その本人がカメラを向けられた状態でインタビューに答えていることで、本人の承諾はあったという推定が働いているということです。さらに心配があって、ご家族の連絡先がわかるのであれば一言、事前にお断わりするということもあるでしょう。ただ、本人の同意の推定は働いているとう前提です。
<委員長による議論の総括>
○吉永委員長
宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』に「カオナシ」というのが出てきます。顔が見えないときはものすごく居丈高で、結構、強いのですが、顔がばっと見えた瞬間にヘナヘナになってしまうというのがあって、これを見たときに日本の社会そのものだなと思いました。
今、その法的な問題をクリアできたところでも、日本にとっては法よりも上に世間というものが未だに存在しています。都会よりは地方に行ったほうがこの世間の縛りというのがきつくなってきて、この世間から守るみたいな。法的にクリアできても世間で守れないというようなこの2つのハードルがあるのかなと思います。
やはり人は名前があることで、その人の一生というものがクリアになるわけですね。そこに匿名で何人、部屋で何人亡くなりましたという総数で言うのと、個々の名前があれだけ並ぶことによって信憑性であったり、重大性であったり、残忍性というものが浮かび上がります。
これが今、この実名よりは匿名ということ、匿名にしておくほうが安心だよねということで、匿名になると、その意見はかなり過激になる。自分が匿名の中で隠れみのになって、透明人間の話であればいいやみたいな、その信憑性というものがかなり落ちてきてしまうのではないかなと思います。これは日本が実名できちんとものを言える社会から、ネットの社会という匿名でないとものが言えない社会になりつつあるのではないかと、これも危険な分かれ道に来ているのかなと思います。
その際に、社会の中でどうやってメディアは人の人生にきちんと向かい合った報道ができるのか。そのときに、その名前の問題や映像の問題は重要に関わってくるのかなと思います。結局は個というものが確立されていないと流されるのですよね。どうしても個のものが言えない人というのは、何か大きな波が来たときに一斉に流れていくといいます。
これはある種、日本の非常に特徴的な世界でネットの影響というのはアメリカでの影響と日本での影響とではかなり違うのかなと思いました。本日のテーマの戦争を伝えるということにも関わってくる問題でもあると思います。
ここに放送メディアとして、あるいは新聞もそうですけれども、自分たちの基準に従って、これは報じるべきだというところを確立していくか。確立していかないと、やらない方が楽だねというほうに流れていってしまうのではないか。それは放送の力というものを、自らの中で削いでいってしまうのではないかという危惧を思いつつ、結構、難しい問題ではないかと思って聞いていました。
本日は長時間、ありがとうございました。
【事後アンケート概要】
意見交換会終了後、放送局側の参加者全員にアンケート(全5問)の協力を依頼し、8割近い15人から回答を得ました。その概要を紹介します。
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▼沢井委員の基調報告とその質疑応答について
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- 若い世代に戦争の悲惨さをどう伝えるかについて初めの段階で拒絶されては意味がないので、最初はアニメなどを使えば見てもらえるという点は気付きになりました。その次の段階として関心や知る必要性を理解したうえで、より生々しい悲惨な事実を伝えるという段階を踏んでいくという道筋が見えました。
- 「戦争に関心をもつとき」のアンケート結果から学校教育と同等以上に、放送番組の視聴が関心をもつ契機となり得ることが分かり、改めてメディアの影響力の大きさと伝えていくことの重要性を実感しました。また、恐怖を感じる映像の使用については、肯定的な声と“見たくない”という声の双方があることから、どのような形で伝えるか工夫が必要だと感じました。さらに、幼児への影響に関して提示された「10歳くらいが一つの区切りになるのではないか」というご意見は、今後の企画や番組制作時の参考になると感じました。
- 「戦争に関心をもつとき」の質問で、「放送番組」「学校教育」という結果が出ていたのは、当社の戦後80年世論調査の結果とも重なっていて、“オールドメディア”の果たすべき役割はまだあると感じ、励みになった。また、戦争の実相への関心が高い層の「恐怖を感じる映像であっても見る」という回答の割合が想像以上に高かったのが印象に残った。「(戦争の)実相への関心が小さい」層への働きかけの重要性を示唆する結果だと思う。
- 戦場や遺体が映った怖い映像を見たくない、見せたくないという傾向があるという中で、アニメなどの活用が提唱されますが、それでもコテコテのドキュメンタリーの素晴らしさを知ってほしいという気持ちがあります。委員の方からも出た「(みんなでテレビを観て意見を言い合っていた)お茶の間がなくなった」というお話はとても興味深く思いました。厳しい映像を見せないのではなく、見てもらえるようなお茶の間を育てる(視聴習慣を作ってもらうことや、家族で見られる番組を作る、視聴者参加型の番組を作るなどの)工夫が必要なのかと思いました。
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▼ 意見交換 第1部「各放送局の番組紹介」とその意見交換について
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- 各局の報道や制作担当者が集まり、意見を交わしながら情報共有できたことは、大変意義深いものでした。その中でも、高校生の事前取り組みや、スタジオ展開で実際に高校生が質問しながら進行する演出はとてもインパクトがあり、「同年代には強く惹きつけられるだろうな」と感じました。また、各局が制作する際の意図やポイントについての説明からは多くの気付きを得ることができ、大変有意義な時間となりました。
- 各局の放送を見て、委員からの指摘や各放送局制作側の意図を直接聞く機会は非常に有意義だった。中でもラジオ番組で、「学生の学校名を必ず出す」「半径3mの話を放送する」という青少年に訴えようとする取り組みは、テレビでも応用できると感じた。
- 同じ沖縄にいても、日ごろ意見交換を行うことがほとんどない他社の方々と番組制作について話し合うことができて、大変勉強になりました。「真面目に真面目な番組を作れば作るほど、若い人が離れてしまう」といった具体的な課題の提起、みなさんがどのように向き合っているのかがわかり、大変刺激になりました。
- (池田委員の)実名が大事、というのは印象的でした。確かに、体験談を読むたび、見るたび、聞くたびに「死亡1人」という数ではない、一人の人間の人生があるのだと実感します。名前により、その生命の重みが実体化するというか、戦争で失われた何十万の命はその総量なのだと、改めて思いました。
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▼意見交換 第2部「戦争と平和の問題を次世代へ引き継ぐ取り組みなど」の意見交換について
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- 戦争体験者が身内にいる時代から、誰もいなくなる時代に突入しています。戦争を伝えるうえで映画や演劇などの役割が大きくなっています。戦争がテーマだけど、笑える場面もある。次世代へ引き継ぐ中で、これまで戦争はかくも「悲惨だ。残酷だ」というところが前面に立っていたと思います。シリアスさだけではなく戦争の教訓、沖縄を二度と戦場にしないという県民の意思をユーモアも交えながら伝えていくことがこれからの世代に興味関心を持ってもらう入り口になるのではないかと感じました。
- 意見交換を聞いた感想です。個人的に「学校教育」という部分に引きずられて考えていましたが、実際には成人に向けた引き継ぎも必要なのだと感じました。沖縄の歴史を体系的に学ぶ機会(=特に学校)がほとんどなくなっていると思われ、その基本的な知識のないままで「戦争」だけを教えても深く理解できないのかもしれないと感じます。体験談(証言)は非常に貴重で重要な要素ですが、それだけに頼った平和教育は飽きられてしまうと思います。体験談だけでなく今回のようなさまざまな角度から戦争を捉える番組を制作し、バランスよく触れてもらうことが、戦争と平和の問題について次世代の興味を保ち、重層的な理解を助けるものになるのではないかと思います。
- 出席者の発言から、若い世代にとっての著名人を入り口にした記憶継承の番組は、極めて有効だと感じたし、今後も増えていくだろうと思った。その場合の、戦争体験者のアーカイブの活用、史実を正確に押さえることなど、どのメディアも同じ課題を抱え問題意識を持っていることが改めてわかった。もっと議論を深めたいテーマだった。
- 語り手が減ってきている中での証言を残すという取り組みはとても貴重なものになっていくと思います。その一方で、ネットで見かけた「被害者(敗戦国)だけが反省するのはなにかおかしな気がする」という意見があり、一理あるなとも感じ、今後こういった世代の考えにもどう向き合うか聞いてみたかったです。
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▼意見交換 第3部「子ども・青少年を対象とする取材活動などの課題」の意見交換について
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- 地上波に限らず放送内容をSNSなどで配信することが通常業務になりつつある現在、放送エリアを越えて子どもたちの映像が広がっていく危うさを改めて感じた。取材を受ける学校の現場もテレビで露出することに慎重になっており、この全国的な流れは止められないと感じる。慎重でありながらも委縮することなく、テレビの可能性を最大限に広げていきたい。
- SNSがこれだけ発展していて、顔と名前を合わせて出すことに抵抗を感じたり、後から削除を求めたりするケースは、これから増えていくと思うので、社内でも議論を深めないといけないと感じました。その中で池田委員がおっしゃっていた「取材時にちゃんと説明して権利関係を処理していたら、むやみに削除する必要はない」という意見は意外でした。合わせて、取材時に放送以外にネットに残る部分に関してはより丁寧な説明が必要だと改めて思いました。
- 子ども・青少年の取材に関して今日、社会的な合意や一般的な準則がないことが一番悩ましいところです。人により、地域により、また世代によっても感覚が異なるため、未成年の取材は一切しないのが安全だということになりかねません。この辺り、もう少し議論してもよかったかもしれません。
- 「青少年の声をどう守りつつ伝えるか」という二重の責任が浮き彫りになったと思います。ネット時代における情報の永続性と拡散力は、報道の力を強める一方で、本人の人生に長期的な影響を及ぼすため、放送局は予防策・削除判断・実名報道の意義を常に問い直し続ける必要があると感じました。
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▼そのほかのご意見・ご感想、BPOや青少年委員会への要望など
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- 「戦争や平和をどのように伝えていくか」というテーマについては、沖縄だけでなく、ぜひ他の地域の制作者とも交流しながら検討していただけると、さらに意義のあるものになるのではないかと考えました。沖縄よりもすでに取り組みが弱くなった地域もあると思いますし、逆に、復活させようと頑張っている方々もいらっしゃると思います。系列や地域を超えて、また専門性のある委員の方々も交えて議論できると良いのではないかと思いました。
- その分野の専門家の意見や見識を直接伺うことができ、参考・勉強になることが詰まった会合でした。また、吉永委員長のウィットに富んだ会合回しで場が和らぎ、発言しやすい雰囲気を作ってくださったことにも感謝いたします。有益な会合を太平洋戦争終結80年という節目に沖縄で開催してくださったことに、心から感謝申し上げます。
- 情報ツールが多岐にわたる昨今、テレビの価値の一つは「真実を伝える情報の信頼性」にあると改めて感じました。今回の意見交換会では、「戦争と平和」をテーマとした映像や音声などの蓄積された真実を、次世代を担う青少年も含めて、どのように大切な財産として受け継いでいくか、そのヒントを学ぶことができ、大変貴重な時間となりました。今後も情報がもたらす豊かな生活の醸成のため、BPOにはメディアと視聴者の懸け橋としてご活躍いただければと思います。
以上


