青少年委員会 学校の先生方との意見交換会(沖縄)
◆概要◆
青少年委員会は毎年、各地で様々な形での意見交換会を開催しています。今回は2025年11月26日に那覇市で沖縄の学校の先生方と青少年委員会委員との意見交換会を開催しました。学校の先生方との意見交換会は2018年から20年まで3年連続で開催されましたが、その後は新型コロナの影響で中断していました。今回、5年ぶりに復活し、4回目の開催となりました。
BPOからは吉永みち子委員長、飯田豊副委員長、池田雅子委員、佐々木輝美委員、沢井佳子委員、髙橋聡美委員、山縣文治委員の7人全員が参加しました。先生方は沖縄の小中高校の先生方など5人と、オブザーブ参加として株式会社さびらの安里拓也(あさと たくや)氏の計6人が参加しました。
〇髙橋委員(進行役)
本日は、先生方が沖縄県内でどういった平和教育や活動を行っているか教えていただきながら、ざっくばらんなご意見を頂戴できればと思っております。
私は全国の小学校・中学校・高校で、自殺予防教育を行っています。SDGs教育の一環としてSOSの出しかた教育などを全国でやっていて、沖縄でも離島の学校を回っております。
今日のテーマの一つ目は、先生方が日頃行っておられる平和教育の内容についてです。どういったことをやっているのか、どんな点に注意しているのか、また昨今の子どもたちの様子、戦後80年という節目で普段意識している点、戦争を語り継ぐ担い手を今後どうしていくのかといった課題もあるかと思います。私は鹿児島県出身で今日も鹿児島から沖縄まで飛んで来たのですが、特攻隊の青少年たちは、この空の景色を見ながら飛び立ったのだろうなと思いました。広島や長崎など、各地で平和教育に対するバックグラウンドは違うかとは思いますが、そういうことも踏まえながら、まずは先生方のご活動をお聞きしたいと思います。
テーマの二つ目は、テレビ・ラジオにおける、終戦・戦争に関する放送です。こういう放送をもっと増やしてほしいといったご意見をいただけると、あすの放送局との意見交換会に繋げていけるのではと思っております。
<テーマ① ご自身が行っている平和教育の内容について>
○中学校A先生
私が勤務する沖縄市の嘉手納基地の隣にある中学は、実害をあまり受けていない地域なので、平和教育からちょっと離れ始めている印象を受けています。実際やるとしたら総合学習の時間など、スポット的に6月23日に向けての取り組み等はありますが、年間を通してやる機会はあまりありません。あとは8月15日に向けて、原爆の話などを少しするくらいで、全体的に触れる機会が減ってきているなと思います。以前は施設を見学したり体感したりする機会もありましたが、大規模な中学校なので、バスの手配だけでもすごい金額になってしまいます。人を呼ぶにしても、語り手が高齢化しているので呼ぶ機会も減ってきています。あとは動画を視聴して感想をまとめる学習があります。NHK for SchoolやNHKティーチャーズ・ライブラリーの教材を使い、事前学習もやりながら進めることが多いと思います。子どもたちはそれなりの反応は示すのですが、動画の視聴は画面越しなのでひとごとというか、ちょっと距離が出始めているなという印象は受けています。
○小学校B先生
私は小学校勤務ですが、年齢層が非常に幅広く、特に1年生は4月の入学時はまだ6歳です。6月に平和教育があったときは1、2年生ってまだすごく小さくて、写真展示やお話を聞くときも、戦争の怖さを出し過ぎてしまうと怖くて話を聞けないこともあるので、児童への配慮が課題にはなっています。ただそれでも、目を逸らせられない現実だったことも伝えていかなければいけません。私は教務主任として各行事や企画のアドバイザーをしていますので、低学年担任の先生方と話し合いを重ねながら調整をしています。年間を通しては、沖縄での戦争について、高学年では1年間かけて新聞やメディアから学びながらまとめていくのですが、低学年や中学年では戦争というよりは“命を繋いでいる”ということに着目して道徳の学習や国語の教材などで学ぶことが多くなっています。子どもたちのいじめ問題やケンカなどいろいろあると思いますが、最終的にそれが相手の命を奪うことに繋がるとか、戦争に繋がってしまうということを、段階的に伝えていく学習を行っています。
また私は10年少し前に普天間の小学校で勤務しておりました。当時は隣の基地問題でいろいろあったので、特に戦後の沖縄を取り上げる学習をしていました。組合からいろいろな教材を提供していただき、お話に呼んだりして、子どもたちと先生とが一緒に学ぶ活動をしていました。
沖縄の小学校の学習発表会はこれまで、5~6年生が戦後の混乱をテーマにした劇を上演するのが定番でしたが、昨今はどんどん内容が削減され、学習発表会は多くの学校で音楽に限ったものになってきています。子どもたちが学んだことを自分事として演じて実感する場は非常に減っており、今の小学校の大きな課題だと感じます。そういう場をもっともっと作っていかなければならないと、同僚とも時々話しています。
○高校C先生
私は私立高校の教師です。平和学習は大きく分けて二つありまして、一つ目が部活動です。私が沖縄に来たのは18年ぐらい前ですが、高校3年生のときに修学旅行で沖縄に来て平和学習を受けて関心を持ち、大学に進学して今、沖縄で教員をしています。沖縄県には毎年数十万人ぐらい県外からの修学旅行生が来ていますが、高校では、その修学旅行生に首里城のガイドをしたり、平和学習を一緒にしたりして交流する部活動をしています。私は県外出身ですが、沖縄の子どもたちは身近過ぎるからこそ沖縄戦のことをあまり知らないと感じます。最近では県外からの修学旅行生が事前学習をしっかりしているので、地元の子たちよりも詳しいこともあります。沖縄は地域教材の宝庫ですが、自分たちの地域で起きたことや地域の魅力を伝える機会を作りたいと思っています。発達段階に応じてどういう平和教育をしたらいいのかはそれぞれ違うと思いますが、高校生の場合はアウトプットの場を増やしたいと、地域の小学校に出前授業に行ったり、県内の高校生たちとディスカッションをしたりしています。また今日ご一緒している株式会社さびらの安里さんをお呼びして、若い人たちに戦争の記憶をどう引き継ぐのか、高校生に近い年齢の子たちがどういう問題意識持っているのかなどを聞かせようと、講演会も企画しています。
もう一つは私が担当する社会科(日本史)の授業です。うちの学校は私立の進学校で、そもそも平和学習的なものはほとんどありません。「思考を停止させないこと」をキーワードに、教えられる知識だけでなく、自分たちの思考を止めないで考えさせるような平和教育をどうしたらいいのか、実践し修正しながら取り組んでいます。
○中学校D先生
私が勤める中学校は沖縄県の中でも子どもの人口が爆発的に増えている地域にあり、令和6年(2024年)4月に新設されました。今年は「戦後80年」ということで平和学習を充実させてきました。沖縄県の教育委員会では小・中・高校に向けて「学校教育における指導の努力点」を出していますが、小・中学校の「平和教育の充実」という項目では教員の指導力の向上を図ることも目標に掲げています。私は50代ですので、小学生の頃には戦争を体験された先生がいて、父や母や祖父母からも話を聞いたりしてきましたが、今の子どもたちが家族から戦争の話を聞くことはゼロに近いようです。
沖縄県は6月に平和学習のオファーがすごく集中し、講師も捕まらない状況です。そこで中学校では今年、県内でキャリア教育を中心に手掛ける株式会社rokuyouと連携し、4月から1年間かけて探求的な平和学習を構築してきました。その一環としてお呼びしたのが、株式会社さびらの安里さんです。4月に実施したワークショップのタイトル「戦争の作り方」はインパクトがすごいと思いました。「戦争は急に始まらない。その戦争を作るためにどうしたらいいのだろう?」と子どもたちが考えたのですが、大谷翔平選手をポスターにしてバットではなく武器を持たせるとか、戦争の映画をどんどん作っていくとかのアイデアを出していて、「こういうことを昔の人たちも考えていたのだな」とさらに学びを深めることができました。
そのほか、沖縄の子どもたちは戦跡をほとんど訪ねないので、フィールドワークにも行きました。県外から訪れる修学旅行生のほうが勉強しているという状況は、県内の学校に課題があると思っています。3カ月続いた総合的な学習の時間では、歴史研究家といった外部人材もたくさん起用し、また市の教育委員会との繋がりも重視して委員会が制作したVR教材も体験しました。私の社会科の後輩のみなさんに沖縄の特徴的な日(4/28サンフランシスコ講和条約発効、5/15沖縄の本土復帰、6/23組織的戦闘の終結(慰霊の日)、9/7沖縄戦終結、10/10世界のウチナーンチュの日など)を取り上げる授業をやってもらったり、北方領土の日と平和についての授業をしたり、はがき新聞を作ったり、パラオ共和国やコロンビアといった外国の平和の取り組みから学ぶなどしながら、平和学習に取り組んでいます。
○元小学校E先生
小学校の教員を退職して10年になります。私は採用が八重山で、石垣島の小さな学校に3年間いたあとに西表島に7年間いました。最初は体育の先生だったのですが、石垣島にいた2~3年目くらいから、石垣島の戦跡や史跡をいかして平和教育をやろうと同期の先生と話し合いながら始め、また西表島では「戦争マラリア」に関連するフィールドワークをひたすらやっていました。10年間、石垣と西表で小さな学校にばかりいて、そのあと那覇に戻って来て考えたのは、沖縄県の平和教育の致命的な弱点は、6月に突然始まって6月23日に突然終わることだ、ということです。それでは良くないと思い、西表にいた頃に作った「平和カレンダー」という4月~3月までの学年度のカレンダーを教室に貼りました。6月でなくても「こんなことが書かれている、今日はこういう日なんだ」とわかり、子どもたちの意識付けには良かったかなと思います。
那覇に来て数年後に沖縄県教職員組合の那覇支部の専従になり1期2年間務め、そのあと沖教組本部で4年間専従になりました。そこには全国の教職員組合のみなさんが沖縄の平和教育に学べとやってくるので、それをきっかけに私も平和ガイドを始めました。しかし、沖縄の平和教育に学べというほど沖縄の平和教育が優れているのだろうかと、いつも考えていました。
沖教組那覇支部にいたころの話です。那覇支部には平和教材がたくさんあり、6月に入ると各小学校、中学校から「平和や戦争に関するビデオ教材を貸してくれ」という要望が殺到します。そのビデオ教材を見せて感想文を書かせる授業がこれまで長く続いているのです。ビデオ教材の持つ力というのはものすごいのがあるとは思いますが、事前の指導も何もなく、ただ教材を見せて感想文を書かせることを小学校から中学校、ときには高校まで何年も何年も続けていくとどうなるか。ある中学校の教員である私の先輩が那覇支部にやって来て、こんな話をしました。
“那覇支部から借りたビデオ教材を生徒に見せて、感想文を書いてもらった。「あれ?この子は当日休んでいたはずだけど…」と思い、その生徒を呼んで「あなたは当日ビデオを見てないんじゃないの?休んでいたんじゃないの?」と訊くと、その生徒は悪びれもせず、「毎年見せられているので、今年見てなくたって書けますよ」と言ったのだ”
この話を聞いて、これまで長年続けてきたことへの大きなしっぺ返しだろうと私は思いました。やっぱりそういうことじゃない。事前学習というのはとても大事なのです。
また小学校では沖縄戦を体験した人が講演もしますが、体験者がいろんなことを話してくれても低学年の児童は全くイメージが湧かないのです。あるとき講演会で、教育勅語とか歴代天皇の話を年配の方がしゃべったときに、低学年の児童がケラケラ笑い始めました。実はその1週間ぐらい前の学習発表会で、1年生みんなで「寿限無 寿限無 五劫のすりきれ…」ってやったところ、会場に来ていた保護者たちが大爆笑したんですね。それで講演会で、体験者の方が教育勅語や天皇の名前を唱えているときに「寿限無」と同じだと思って、ケラケラ笑いながらパラパラ拍手した。これは事前の指導が全くないから起こったことですし、また歴史認識が非常に薄いので、体験者のエピソードの断片を理解する力がまだないのだと思います。だから講演会をお願いするにしても、事前学習の大切さを、声を大にして言いたいです。
○髙橋委員
県教委や市教委がいろいろな教材を作っているということですが、県南はとりわけ活発であるとか、北部と南部とで教材の違いなどはあるのでしょうか。
○中学校D先生
私は糸満市でも15年ぐらい勤めたのですが、戦跡とかガマ(沖縄戦で住民の避難所などに使われた自然壕(ごう))が地域にたくさん残っています。地域の小学校にはカリキュラムがきちんとあって、何年生になったらガマに行くとか戦跡めぐりをするとか、小さい学校ほど熱心にやられています。ただ私は中学校勤務なのですが、平和学習では小中学校の繋がりはあまりなかったような気がします。
○髙橋委員
「戦後80年」をテーマに沖縄で意見交換会するにあたり、青少年委員会でも株式会社さびらの安里さんをリモートでお招きし、勉強会を開催しました。今日はオブザーブ参加ですが、皆さんとの繋がりなどをご紹介ください。
○安里氏
C先生とは大学生のときからの知り合いで、当時から少しずつ授業をさせてもらっています。D先生は探求の授業でフォローさせてもらいました。また中部地区校長会に呼ばれて平和学習の取り組みもやっています。
私たちが大切にしているのは、いかに能動的に学ばせるかで、受け手側の姿勢や知識をどう整えていくかが大事だと思っています。ただ伝えるだけでは入っていかないので、少しアクティブにクイズ形式にしたり、問いかけたりしながら進めています。発達に応じた平和学習のやり方があるというお話がありましたが、その通りだと思います。小学生には対話型鑑賞という手法を用いて、まず沖縄戦の体験者の絵を見て子どもたちから感想を引き出し、次に実際どうなったのか体験者の話を聞いています。一方で中学生や高校生になると構造的に理解する能力が身についてきますので、沖縄戦でなぜ住民が犠牲になったのかを話して終わらせるのではなく、どうやって戦争を作らない社会を作っていくのかというワークを段階に応じてやってもらいます。
私自身はE先生がお話したケラケラ笑う生徒だったなという反省点から今の取り組みをやっているので、その子たちにどうやってアプローチするかを考えています。また体験者がいない世の中は将来絶対来るので、体験者頼みの平和学習からの転換、それを私たち民間や行政、学校の先生方みんなで考えていく必要があると思っています。
○髙橋委員
ここで意見交換に移りたいと思いますが、補足して発言されたい方はいらっしゃいますか。
○中学校D先生
今、沖縄では中高生がすごく活躍し始めています。高校の同好会も3~4つあり、すごく発信力があって、パンフレットを作ってもらったりもしています。一方で、先生方や大人が学ぶ場はどうなっているのか気になります。沖縄県平和祈念資料館で「語り継ぎ手養成講座」を受けたのですが、大人は次の世代に繋げられるほどの平和学習をしてきていません。大人の学び直しが注目されているようです。
○佐々木委員
先生方のせっかくのいろいろな努力が、すごく断片的なものになっているように聞こえました。そういう中で、株式会社さびらではいろいろなプログラムを考えているようですが、このゴールのためにはこういうプログラムがあると提案するとか、メニューをいろいろと提示して先生方に選択してもらうなど、そういった考えはありますか。
○安里氏
学校の先生とは事前に打ち合わせをして「こういう方法がある」とカスタマイズしています。県内外問わず、基本的にどの学校とも電話あるいは直接お会いして、生徒の様子や先生がやりたいことに加えて、私どものベースにどういった視点を加えたいかを調整しています。
○佐々木委員
IT活用の教授法の考え方では、ゴールを作ってプログラム化して学びを進めますよね。何かに向かって先生方が自律的にアプローチできるようなアイデアは、ITが得意とする領域だったと思うのですが、そんなアイデアを先生方で共有できればいいのかなと思いました。
○小学校B先生
平和教育においても、何を目標とするのかを先生と子どもが先に共有すべきだと思います。戦争で起こった結果をしっかりと学んで、なぜこれが起こるのかというところを逆説的に子どもたちが考えていく。相手のことを考えない、命をしっかり考えない、小さなことでいえば隣の子に暴力的な言葉を言う、それが最終的に戦争に繋がるっていうところです。児童のみなさんの今日の行動はどうだったか、どういうふうに学級で解決していくのか、といった形で学級活動や道徳学習のプログラム作りをしています。
○山縣委員
沖縄ではあまり平和学習の時間がないというのはすごく意外でした。例えば米軍関係者のお子さんが地元の公立の小中学校に通われたりしていますか。
○中学校A先生
嘉手納基地の周辺ですと基地の外で生活している軍人や基地関係者は沢山いますし、基地で働いている方もいらっしゃるので、基地に関わる方のお子さんは各学級、各学年に必ずいると思います。
○小学校B先生
私も10数年前に普天間の小学校にいましたが、米軍や軍属の方のお子さんがいました。那覇市には米軍基地がありませんが、地域によっては自衛隊関係のお子さんもたくさんいます。そういう学校では、平和教育のときにどこまで現状や過去の戦争を含めた話をするか、非常に神経を使うところはありました。
○山縣委員
自分や友だちの保護者がそういうところで働いている状況で、過去の事実を伝えるのにどういう配慮をされていらっしゃいますか。また「大人の平和学習が必要だ」ともありましたが、大人は自らが直接そこに関わる可能性が高くなりますよね。今の平和問題、自衛隊、米軍基地、そういうものは学校ではどんな形で取り組んでおられるのか、もう少し教えていただけたらと思います。
○中学校D先生
私は南部地区で採用されて、那覇以南で子どもたちに授業をしてきました。社会科は教諭として25年ぐらい教えています。県のある研究会からの依頼で沖縄の戦後史について提案授業を行った際、沖縄市の先生から「うちの学校では難しい」と言われたこともありました。「今の基地問題に繋がりませんか」と問われましたが、私はそれをやらない方が問題だと思っています。新聞を広げれば毎日のように基地問題の記事がありますし、それに何も意見を持たないのも問題だと思います。ただ関係者のお子さんもいるので、子どもたちがすごく不安になることは避けないといけない。そこは先生方が難しいと考えているところだと思います。
○高校C先生
うちは私立高校なので、通学地域は本島、離島の両方います。いろんな関係者がいるので基地問題はやはり切り込みにくいところです。一つ紹介しておくと、修学旅行でやってきた生徒とうちの部活生が基地問題について議論したことがあったのですが、部活生からは賛成意見も反対意見もあったという新聞記事が出ました。翌日には「どういう教育をしているんだ」という意見が学校に届き、私も当時の校長先生に呼ばれて「基地賛成みたいなこと教えているのか」と訊かれました。学校が萎縮してしまうところもあるので、それ以降も基地問題を扱ってはいますがメディアに出していません。ただ、平和学習は沖縄戦で止めるのではなくて、戦後史がキーワードだと僕も思っています。
今の若者たちは沖縄戦と基地問題の間が全部抜けているんです。だから沖縄戦、武器はだめ、だから基地もだめって。そんな簡単な論理しか持っていなかったら、逆の意見が出てきたらすぐそちらに転がってしまいます。授業で基地問題を扱うときは、「賛成でも反対でもどちらでもいいから、自分がいま考えていることを話しなさい」と伝えます。戦争や基地だけではなくて、戦後史をどう学ばせるかがこれからの課題だという気はします。
○元小学校E先生
浦添市内のキャンプ・キンザーに近い小学校に勤めていたときの話です。1学期の終わり頃、お母さんはうちなんちゅでお父さんは海兵隊という、4年生の男の子が転校して来ました。そのお母さんが校長と私に「この子ハーフだからといじめられないだろうか」と言ってきたんです。実はその子の従兄が同じく海兵隊と沖縄の女性との子どもで、2年前に同じように転校してきたそうなのですが、平和月間に入って『対馬丸』のアニメを全校で見たと。アメリカの潜水艦によって対馬丸が沈没させられて、784人もの学童が命を失った映像を見た直後、掃除時間で箒を掛けていた6年生の男の子が、箒をマシンガンのように構えて「ヤンキーゴーホーム」と言ったのだそうです。従兄はその後不登校になり、1カ月も経たないうちに元のアメリカンスクールに戻っていきました。そういうこともあり、私のクラスに転校してきた子のお母さんはとても心配していました。結局これは、事前指導が何にもなかったから起きた悲劇です。沖縄の小学生たちの命を奪ったアメリカの軍隊、単にこれだけだったら善玉悪玉論で終わってしまう。だがそうじゃない。戦争は一体何なんだ、軍隊は何なんだ、そういったことをしっかり教えないといけないと思います。
私が平和ガイドをしているときにもガマの中に入って泣き出す子がいます。暗闇体験をしたり、ガマの中での話をしたりすると、ちょっと怖くなってくる。でも決してこれは怖い話ではなくて、普通の話をしているのです。その証拠に、県外から修学旅行で来る小中学生は、私がガマの中で同じ話をしても泣き出した子は一人もいません。沖縄県の方が多いのです。なぜかというと事前学習をしてないから。県外から修学旅行で沖縄に来る子どもたちは、それぞれの学校で沖縄戦について事前にものすごく学習しています。そういった一つ一つのことが大切なのかなと思います。
もう一つ。首里城近くのある小学校は、6年生が遠足で首里城周辺の「戦跡めぐり」をしていました。あるとき6年生の担任3名がやって来て「遠足の2時間で、首里城周辺の戦跡をめぐりたい」と言いました。そこで私が「遠足の当日、6年生を連れて首里城の戦跡をめぐることに、果たしてどれだけの成果があるでしょうか。なぜ首里城の地下に日本軍が司令部を置いたのか、沖縄戦はどういうものだったのか、なぜ沖縄の人たちはなかなかガマから出られなかったのか、いろんなことを含めて事前に指導してからじゃないと、成果は上がりませんよ」と言ったところ、先生方が「じゃあ1回授業をお願いします」と言われました。私の手間は2倍になってしまったのですが。でも首里城周辺の戦跡を回ったその年の6年生たちは、歩きながらの質問もすごかった。彼らは遠足が終わってからも担任の先生を誘って何回も首里城に行き、回った戦跡を追認して確認してきました。自分たちだけも行ったようです。図書館から禁帯出の大きな『首里城』という本をみんな確認もした。彼らはどんどん発達していきます。そのうちに首里城周辺でうろうろしている観光客をつかまえて「ガイドしましょう」といってみんなでガイドを始めました。子どもたちは、大人の教員が考える以上に、自分たちで興味や関心を持って学ぶ喜びを自分で体得すると、ものすごく伸びていくわけです。それをやってのけたのも事前の学習があったから、あの年の6年生は本当にちゃんと理解して伸びていってくれたのだなと思いました。ですから、何も手立てをせずに『対馬丸』というアニメをポンと見せるだけでは、別の悲劇を生んでしまうのではないかと思います。
○髙橋委員
教育するうえで十分に配慮しなければならないことです。2016年以降、与那国や宮古などいろんなところに自衛隊が配置され、現役の親御さんのお子さんたちが通っている学校も県内にたくさんあると思うので、とても大事な視点だと思います。
<テーマ② テレビ・ラジオの「終戦・戦争に関する放送」に望むこと>
○髙橋委員
それでは二つ目のテーマです。テレビ・ラジオの放送について「こういった放送は好ましくない」「〇〇を取材・伝えてほしい」といったご意見があればお願いします。
○小学校B先生
私は「島ないちゃー」で、25年前に岐阜県から沖縄に渡って来ましたが、大学受験で初めて沖縄に来ました。私の高校では修学旅行の行先が九州だったので、知覧(鹿児島県)へ行って学習はしましたが、沖縄戦については教科書以上のことは一切知りませんでしたし、基地問題についての知識もゼロでした。沖縄に来て沖縄の人たちと触れ合う中で、はじめて沖縄が置かれている立場や沖縄戦を知るようになって、大学生のときにほぼすべての戦跡をめぐって学習しました。沖縄で教員になるためには、これを知らないと教育できないと思ったからです。
それからずっと沖縄戦や戦後の沖縄などを教育する中で、一つだけ引っかかることがでてきまして。私が沖縄のことを知らなかったように、内地のことを知らない沖縄の子どもも多いのです。これは内地と沖縄の温度差にも繋がっているのではないか。例えば沖縄戦では、非常に悲惨な状態の中でたくさんの方が亡くなりました。でも沖縄から内地に戻って友人に「沖縄戦はこんなに悲惨だったんだ」という話をすると、友人からは「自分の祖父母は空襲で亡くなったが、その違いは何だ。沖縄だけが特別じゃない」という話が戻ってくる。戦後の米軍統治や現在の基地問題などについても話しましたが、沖縄だけが被害を被っているような言い方は非常に危険なところがあって。戦争に関わった全ての人がたくさん辛い思いをしているけれど、80年前の戦争も戦後も含めて、あまりにも自分たちの地元にスポットを当て過ぎると、他の地域に対しての知識が欠けてしまうこともあるのかなと思いました。
もちろん、地元沖縄の戦前・戦中・戦後の出来事はメディアには扱ってもらいたいですが、日本中で空爆があったことや出兵した家族がいたことについて子どもたちが知る機会も、6月だけではなく年間を通じて増やしてほしい。沖縄と内地、日本、もっといえば世界を繋げて考えていけば、子どもたちが本当の意味で戦争の悲惨さを知り、やってはいけないという気持ちがもっともっと芽生えてくるのではないかなと思います。
内地のみなさんは旅行や修学旅行で沖縄に来ますが、沖縄の子どもたちが内地に行く機会は結構少ないんです。内地のことを知る機会をメディアが作ってくれるとありがたいなと思います。
○中学校A先生
最近は「テレビをみんなで見る」という機会が減っているので、学校現場でないと「みんなで確認する」「みんなで見る」体験はできないと感じています。沖縄の人は施設とか史跡にあまり個人では行かないので、学校のイベントや行事で触れる機会を作らないといけないと考えています。
メディアの話については、YouTubeのショート動画が流行っている中で、短い中でどう伝えるかがポイントになるでしょう。ちなみに子どもたちは給食時間の放送はよく聞いてくれるので、その感覚で伝えることができればうまくいくのではと思います。一時期、NHKの震災関連番組に綾瀬はるかさんがよく出演されていましたが、彼女が出演しているからこそ多くの人が視聴したのではないでしょうか。大切なことを10分20分という尺で話すときに「誰が話すのか」をきちんと考えていけば、うまく伝えることができるのではないかと思います。
○高校C先生
我が家には3人子どもがいて、小学生、中学生、高校生と揃っていますが、家では誰もテレビを見ないし、子どもたちは基本的にスマホで情報を入手しています。例えば僕のスマホのSNSは僕にちゃんと配慮してくれて、僕が好きな釣りやサッカーの情報ばっかり流してくれますよね。子どもたちもこれと同じ状態だと思ったときに、ふと、私自身が歴史に興味を持ったのは、もともと歴史が好きな父が僕の見たくもない歴史番組をテレビで見ていて、結局そこに自分が歴史と関わる接点があったのだと思い出しました。そういう意味では、子どもたちが個別最適化された自分の狭い世界から社会と繋がる一つの大きな接点になり得るものがテレビなのだろうなと思います。テレビのコンテンツは良いものだと思うので、学校の授業でうまく使って生徒たちに接点を作ってあげることも大事だと思います。
一つだけ紹介すると、僕が平和学習の授業をするときには、事前に必ず『報道発 ドキュメンタリ宣言「僕の父はB級戦犯 うじきつよし戦争を語る父子の旅」』(テレビ朝日・2009年放送)を見せるようにしています。番組ではうじきつよしさんとお父さんが戦跡を一緒に旅するのですが、この父子が最初から最後までかみ合わない。うじきさんはお父さんの反省の言葉をずっと聞きたいと言い、でも職業軍人だったお父さんは時代の空気の中で自分がやるべきことをやっていたのだと、途中で大喧嘩になります。結局父子は戦争に関しては全然交わるところがないまま番組が進行していきますが、同じものを見ても世代で全然とらえ方が違うのだという感覚を、まず番組を生徒に見せて分からせてから、平和学習に入っています。
テレビには面白い教材がいっぱいあって、僕は見ている人に余白を与えてくれるような番組がすごく好きで、授業で使うようにしています。また、生徒たちが自分事としてすごく興味を持ってくれるのは、大きな歴史の話より1人のミクロな視点で描いているドキュメンタリーなので、そういう番組が増えたらいいなと思います。
○元小学校E先生
“好ましくない放送”は今年もありました。「80年前の今日、6月23日、沖縄戦の組織的な戦いが終了した日です」というナレーションです。これを聞いた子どもたちは、あるいは大人も含めて、「じゃあ沖縄戦は6月23日に終わって、翌日6月24日から突然平和が訪れたのか」としか思わないのです。今の子どもたちは「6月23日って何の日?」と聞くと「沖縄戦が終わった日」とあっさり答えます。“組織的戦闘の終了の日”と言い方を変えた所で、受け取る側は24日に突然平和が訪れたとしか思わないわけです。放送でほかの言い方は難しいかもしれませんが、「そのあともたくさんの方が犠牲になりました」という一言をつけ加えるかしないと、沖縄は6月24日から平和になったのだと思われてしまう。そうではないのだと、子どもたちに伝えていきたいのです。
○中学校D先生
子どもたちがどんな番組にハッとしたり考えたりするかというと、それは我が事として考えられる番組だと思います。同世代の視点のドキュメンタリー、子どもたちがその当時何を考えていたのかというところには注目する気がします。今年、中学2年生がひめゆり学徒の戦跡を学びに行きましたが、同世代の自分がそこにいたら従軍看護婦や看護師または学徒隊として戦争に駆り出されるのですから、同世代がどういう戦争体験してきたのかにはすごく目を向けているように感じました。知覧から飛んできた特攻隊を取り上げた授業も、いつもより注目していたと思います。
また現代と結びつけた番組も中学生ぐらいになるとリアルに考えられます。戦争は昔の話ではなくて現在もなくならない、たくさんの優秀な学者や知恵を持った人たちがいるのになぜ戦争はなくならないのかという、現代の視点ですね。国際的な紛争や現代社会の問題と自分を結びつけて、自分は何をすることができるのかという、最後は自己に戻るような番組、最終的に深く考えて行動できるような放送がよいと思います。
沖縄では被害だけではなく加害の歴史、戦争トラウマや、その後に続く貧困など、現代との結びつきも中学生ぐらいになると理解できるので、一人ひとりに絞ったドキュメンタリーや証言映像は中学生、高校生らはかなり関心を寄せると思います。
○沢井委員
先生方が実践なさっている平和教育の紹介の中で、子どもの発達段階を考えてどのように学習を進めるか調整をなさっているというお話はとても印象的でした。具体的にはどのようなことを実践されているのでしょうか。戦争の悲惨な映像は怖いから見たくないというのは、自分を防衛するために自然な反応だとも思います。それを乗り越えて理解するためにじゃあどうするか。敏感なお子さんもいるし、性格や発達段階の問題もあるかもしれないし、事前学習や知識の問題かもしれない。その辺のバランスをどう取っているのかを、簡単に教えていただきたいと思います。
○小学校B先生
私は小学生を見ていますので事前学習は非常に大事だと思っています。ただ1~2年生は事前学習をしているか否かに関係なく泣く子がいます。なぜかというと想像力がすごく豊かだからです。爆発によって人が亡くなる話に自分が入ってしまう、これはどうしようもないですし、事前学習の前の段階の話です。ただその子が高学年になっても泣くかというとそうではありません。
発達段階に応じた配慮は、担任の先生が見極めていく必要があります。6歳から12歳まで、小学校の6年間は精神的に大きな幅があります。6月に平和学習で講演をするときも、低学年と高学年で時間を分けたり話を変えて行ったりしています。
○飯田副委員長
テーマ②で「沖縄戦は6月23日で終わりではない」というご指摘と「加害の歴史も学ばなければいけない」というお話は通底すると思いました。メディア史やジャーナリズムの専門家はずっと“8月ジャーナリズム”を批判しています。8月15日を終戦の日としているのは日本だけで、国際的に見れば太平洋戦争が終わったのは9月2日です。8月を重視し過ぎるからどうしても被害の歴史が中心になってしまう。平和教育の機会も(夏休みが明ける)9月にシフトしたほうがよいと、教育現場からもメディアの専門家からも言われ続けています。8月の年中行事として定着している功罪を改めて考えさせられました。
またみなさんのお話は、メディア教育が抱えている課題ともさまざまに通底していると改めて実感しました。SNSの話が出ましたが、ネットの偽情報や誹謗中傷は人命に関わるため、学校でも教えていかなくてはいけないですが、逆に学習指導要領との関わりや教員の負担との兼ね合いで、メディアに関する事柄は学校教育の中に入れ込むのが難しい部分もあるでしょう。またアウトプットの重要性や思考を停止させないというお話がありましたが、メディアに関する教育でも座学によるクリティカル・リーディング(批判的読解)という手法が、下手をすると善玉/悪玉みたいな単純な話になってしまい、批判的思考を身につけたはずがコロッと陰謀論に騙されてしまうことが懸念されています。批判的に思考した結果、「マスコミが嘘をついていて、ネットの中に真実がある」と考えてしまうリスクに対して学校がどう向き合うのかも、いま非常に大きな問題です。これは平和学習のビデオ教材を見せて感想文を書かせることの課題とも関わっていると思います。
お話しにあったように、教師の負担感や努力の難しさに行き着きますよね。従来のメディアや戦争体験者に頼れなくなり、学校における平和教育の伝統が通用しなくなっているからこそ、アクティブラーニングやVRを活用した授業などの新しい取り組みを入れなければならないし、それに応じて平和教育の中身もしっかりアップデートしていく必要があります。NHKではVRコンテンツなども制作しているようですので、もっと密に連携して定着させることも大事になってくると思います。またそのための議論の場をどう継続していくかは重要な課題です。
教師教育や平和教育、メディアを活用した教育に関して、今後どういうふうに組織化していくのか、あるいは今その過程にあるのか、またどういう課題があるのか、お伺いできますか。
○中学校A先生
組織としては私も所属している「沖縄県マルチメディア教育研究会」があり、メディア活用や授業とICTを絡めた研究活動をやって今年で30年目になります。もともとは社会科の先生方が中心となって発足した組織なので、その素材を活用しようというプロジェクトが動いてはいます。ただ教科書会社の教材が充実していて、NHK for Schoolや他の動画コンテンツ、紙媒体の資料を使う場面は極端に減った印象です。デジタルでは“俯瞰する”ことができないので、大きな模造紙に書いて掲示することも本当は必要だとも思ったりします。
中学校の社会科では、沖縄戦の話題が見開きで載っている教科書を採用しているという話を聞いたことがありますが、いかがでしょうか。
○中学校D先生
教科書の会社はいくつかありますが、沖縄県では歴史の教科書に関してはある特定の出版社がかなりのシェアを持っています。他の出版社の教科書よりも、北海道のアイヌの話や沖縄の琉球に関するトピックをかなり多く載せている傾向があります。見開きで沖縄戦の内容が書かれていたりもします。
○飯田副委員長
そういった教科書会社が、教師教育に関わったりすることはありますか。
○中学校D先生
社会科は他の教科と違って地図帳や教科書などの紙媒体を活用するので、地図帳の活用方法といった技能的なものに関しては、教科書会社と先生方の勉強会があり、学習を進めている部分はあります。ただ採択の問題もあるので、教科書会社と密な関係を築いて研究会を置くなどはしていないと思います。
○池田委員
先ほど、家族4人がそれぞれ異なる媒体でコンテンツを見ている話がありましたが、今の日本はどこの家庭もそうですよね。そういった中で「みんなで見る」ことができるのが学校だというお話は、本当に大事なご指摘だと思います。私が学生だったのはもう30年以上前ですが、社会の授業や休講になったときなどに、みんなでテレビ番組を見ることがよくありました。先生が録画していた番組は、戦争の話もあったし、現代で起きていた問題やヒマラヤの登山の話など、いろいろなジャンルのドキュメンタリーだったことを記憶しています。先ほど「見ている人に余白を与えてくれるような番組が良い」というお話もありましたが、そのときにすぐに役立つものではなくても、さまざまな番組から得た知識、番組を見て考えたこと、喜怒哀楽の経験が自分という人間を作っていくもので、私はテレビにそのような役割が大いにあると思っています。
世の中のことや人間、世界について、時空を超えて学ぶ素材を与えてくれるのは、自分自身の経験からいっても、テレビのドキュメンタリーだと思うのです。だから今後もっと教育の中で活用していくのも良いなと。いろいろな番組を見てそれを学校教育の中で活かしていただきたいと思います。
<おわりに>
○吉永委員長
みなさま本日はありがとうございました。実は「あした沖縄に行って、平和教育についてみんなと意見を交わすんだ」という話をある人にしましたところ、何て言われたと思います?「それ、ヤバくないですか?」って言われたんです。平和を教育するのはヤバいのかと聞いたら「今は愛国教育がトレンドでしょ」とも言われました。これってものすごく今の日本の空気感を表しているなと思いました。これから先、戦後80年を過ぎた辺りから新しい局面に入って、これまでのスタンスが通用しなくなるかもしれないという危機感を、その言葉から感じました。
事前学習がすごく大事だというお話はその通りだと思います。だけれど今の若い人たちは、事前学習をする前にテレビも新聞も親の話もなくて、先にネットから情報を得てしまい、最初の感情が確定してしまっている可能性があります。こういう時代の中で、どうやってその土台を作っていくかはものすごく問われるし難しいなと思いながらお話を伺っておりました。
それと最近、日本も大変厳しい状況になっています。新聞の世論調査によると「有事に国会の承認を得て参戦することに問題ない」と考える人が50%いて、「問題がある」と考える人が25%だそうです。日本は大体、過半を占めたときに空気が一斉に変わるわけですが、今そこの境目にいるのだろうと思います。「いいんじゃないの」と言っている人が若い人ほど多いという現象を見たときに、私たち大人世代は若い人に何を伝えてきたのだろうかと、一種の虚しさみたいなものも同時に感じます。
私は、反戦に対してみんな異議は言わない、平和に対して誰も異議は言わないと思っていました。戦争は絶対悪で平和は絶対の善である、核は絶対に悪である、と思って信じてきたのですが、結局それは何を伝えたのだろう。戦争はイヤだと、戦争は大変でこんな結果になったのだとは伝えてきたと思います。でも戦争とは実際のところ何なのか、そこで何が行われて人間は何が損なわれていくのか、そのあとリカバリーするのにどれだけ大変なことがあるのか、人間を壊すことであること、いかに非人道的で人間の自由をすべて奪うものであるということを、もしかしたらしっかり伝えてこなかったのかなと、この歳になって反省してしまうのです。
手遅れなのか手遅れでないのか、ちょっとわかりません。これからおそらく子どもの世界にも分断が起きてくるのではないかと思いますが、分断が起きた中で平和をどう伝えていくかも、ちょっと見えません。大人はどうしても、伝えよう、教えよう、見せようと思ってしまいますが、それをどう受け取るのか。一方的に聞くだけでは“情報”という形で処理されてしまうのではないでしょうか。その受け取った情報に対して、同じくらいの時間をかけて「君はどう思った」「私はこう思った」という意見を出し合い、それをどう集約するかを話す機会が少なかったことも、反省点かなと思います。
北アイルランド・ベルファストではカトリックとプロテスタントがずっと戦っていて街が分断されていますが、ある小学校の校長先生が行っている授業を紹介した『ぼくたちの哲学教室』という映画があります。小学校の子どもたちがこのままの社会を反映して大人になったらまた同じ紛争が続くだろう、どうしたらこれを止められるかと考えた、哲学教室。哲学と言っても立派な話ではなくて「こういうことがあったとき、誰かがきみの頭を殴ったらどうする?」といった設問ですね。そうしたら当然「殴り返すよ」という子どもたちもいるし、でも話しているうちに「そうするとキリがないよね」という子どもたちが出てくる。対立している人間をどう平和的にまとめていくのかを、校長先生が時間をかけて根気よく対話するという映画でした。日本の教育現場には残念ながらそのような時間はないだろうと思いながら、でも大切なことがそこから見えてくるかなと感じました。今が過渡期にあるということはひしひしと感じていますし、再び同じことを繰り返さないために、平和とは何かを伝えていく必要があります。「平和」という言葉が「いわゆる平和主義ですか」と言われるようになってしまったらもう終わってしまうと思っています。そこは大人の踏ん張りどころだと思いながらお話を伺いました。本日は長い時間、ありがとうございました。
以上


