BPO3委員会合同意見交換会を初開催
放送界が直面する課題について議論を深めることを目的に、放送倫理検証委員会・放送人権委員会・青少年委員会の3つの委員会の合同意見交換会を10月14日に千代田放送会館で開催した。テーマは「ソーシャルメディア時代の新選挙報道」と「放送現場からの人権意識改革」の2つで、会場・リモート合わせて約370人が参加し、放送局からの報告とBPO委員による提言をもとに、3委員会の委員長と会場の放送局からの参加者等の間で活発な意見交換が行われた。BPOでは毎年、各委員会が全国各地で意見交換会を行っているが、3委員会が合同で意見交換会を開くのは今回が初めて。
【大日向雅美理事長あいさつ】
BPOの3委員会合同意見交換会の開会にあたりましてひと言ご挨拶申し上げます。BPOの3つの委員会、放送倫理検証委員会、放送人権委員会、青少年委員会はそれぞれが個別に加盟社のみなさまと毎年意見交換会を行っておりますが、今年は新しい試みといたしまして、3つの委員会が合同で加盟社のみなさまと放送界共通の課題について意見交換を行うことといたしました。本日の合同意見交換会は2部構成で行います。第1部は「ソーシャルメディア時代の新選挙報道」をテーマに今年夏の参議院選挙の報道を振り返り今後の選挙報道のあり方、放送の役割・課題について意見交換を行います。第2部では「放送現場からの人権意識改革」をテーマに放送現場での人権尊重について議論します。3委員会合同意見交換会が放送界にとって有意義な場となりますことを願います。
【第1部「ソーシャルメディア時代の新選挙報道」】
第1部では「ソーシャルメディア時代の新選挙報道」をテーマに、放送現場からの基調報告、委員による提言、そして質疑応答へと議論が展開された。冒頭、TBSテレビ報道局政治部の岩田夏弥部長が先の参議院選挙での「質と量の選挙報道改革」について報告。続いてNHK報道局選挙プロジェクトの坂本直樹副部長からは、ネット上の誤情報対策として、事前に検証・解説記事を発信する「プレバンキング」などが報告された。放送倫理検証委員会の水谷瑛嗣郎委員は、ネット空間に広がる「アテンションエコノミー」との距離の取り方がメディアの経営的課題であると提言。青少年委員会の池田雅子委員は、記者への誹謗中傷対策として「組織的支援と業界横断の取り組み」の重要性を強調した。これらの報告・提言を受け、参加者からは具体的な事例を踏まえた多様な質問が寄せられ、活発な議論が行われた。
<基調報告1:質と量の選挙報道改革 TBSテレビ 政治部長 岩田夏弥氏>
私は1998年に入社し、小渕政権以降の政治を取材してきました。印象深かったのは2つ。1つは2015年の安保法制の国会審議。官邸キャップとして、毎日委員会を見てニュースを書き、濃密な時間を過ごしました。もう1つは2020年の米大統領選。ワシントン支局長として、トランプ氏が選挙の正当性を否定し、翌年には議会乱入事件が起きるという、「本当にここが民主主義の最先端の国なのか」と疑う場面を目の当たりにして、本当に驚きでした。そうした中で、政治とメディアの関係とか、選挙と民主主義とかを常々考えながら仕事をしてきました。今回の参議院選挙は、全国の放送局が「あるべき選挙報道とは何か」を考え、従来とは違う放送や取り組みをされたと理解しています。TBSとしての事例を紹介しますが、他局の皆さんの取り組みもぜひ共有していただければと思います。
▼過去の選挙報道の反省点
私たちが反省したのは、昨年の都知事選と兵庫県知事選。都知事選では、報道が小池百合子氏と蓮舫氏の構図に偏り、結果的に石丸伸二氏や安野貴博氏の躍進を十分に伝えられなかった。兵庫県知事選では、告示後に報道量が激減し、SNS上の真偽不明な情報が拡散。放送局としての役割を果たせたか、深く考えさせられました。そうした中、SNSで起きている「言説」を無視するのではなく、対話していく必要性があるのではと考えました。そこで、BPOが2017年に発表した「2016年の選挙をめぐるテレビ放送についての意見」が非常に参考になりました。選挙報道に求められるのは量的公平性ではなく質的公平性、つまり、候補者の政策や資質を偏りなく伝え、明確な論拠に基づく評論をすることだと。8年前のものですが、衝撃というか感銘を受けました。意見書の最後には、憲法が保障する表現の自由、番組編集の自由を活かし、量と質の両面で豊かな選挙報道をとあり、質的公平性を担保するには量も必要だと痛感しました。限られた情報だけでなく、多様な視点を伝えることで、質的公平性が実現する。だからこそ、告示後も報道量を確保することが大切だと考えました。
▼事前報道の量の充実
TBSでは、事前報道の充実に力を入れました。報道番組だけでなく情報番組とも連携し、「選挙の日その前に」という企画で、投票日前日まで選挙を扱いました。特番は組めませんでしたが、投票1週間前の『Nスタ』では、ほぼ全編を選挙特集に。さらに、各党幹部へのインタビューを地上波では一部放送し、YouTubeや『NEWS DIG』(TBS系JNN28局のニュースサイト)ではノーカットで配信しました。私自身も見て驚いたのですが、30分じっくり話を聞くと、ニュースでは見えない表情や人柄が伝わってきて、政治家への理解が深まりました。どの党の幹部も魅力的で、それぞれの立場で政治を担っていることがよくわかりました。今回の参院選を振り返ると、各局が事前報道に力を入れ、BPOの理念にある「視聴者との信頼関係」「自律的取り組み」を実践したと思います。業界にとって分岐点だったのではないでしょうか。今後の衆院選・参院選にも引き継がれ、さらに進化していくはずです。
▼自由と権利を守るため、不断の努力を
最後に少しだけ憲法の話を。私は第12条が好きです。「自由と権利は、国民の不断の努力によって保持されなければならない」。つまり、自由や権利は当たり前にあるものではなく、日々の努力で守るもの。選挙報道に取り組むことも、その不断の努力の一つだと思います。謙虚に、誇りを持って、民主主義の発展に貢献していきたいと思っています。
<基調報告2:ネット空間に信頼できる情報を ~2025参院選での取り組み~ NHK 報道局選挙プロジェクト副部長 坂本直樹氏>
私たちの部署は国政から地方選まで選挙報道のレギュレーションづくりや管理を担い、政治部だけでなく全社的に関わる選挙報道のハブのような役割を果たしています。私は1994年入局で東京と地方を行き来しながら、2005年の郵政解散以降の国政選挙に多く関わってきました。ここ数年、選挙報道は大きく変化しています。ネットやSNSの影響が拡大し、私たちも報じ方を見直す必要があると感じ、改革に取り組み始めました。今日は参院選でのネットを中心とした新たな取り組みをご紹介します。
▼第一声のノーカット配信とテキスト化
まず重視したのは、事前報道の「質と量」の充実です。これは兵庫県知事選の反省やBPOの「量的公平から質的公平へ」という考え方を踏まえたものです。ネットの特性を活かし、政党や候補者の訴えをできるだけ余さず伝えることを目指しました。具体的には、候補者の「第一声」街頭演説をノーカット動画と全文テキストで掲載。話し方や表情も含め、有権者が自分で判断できるようにしました。演説の長さに関係なく全体を伝えることで公平性を担保し、テキストマイニングや構成分析も併せて掲載しました。さらに、全候補者と政党にアンケートを実施し、政策への考えを可視化。党派別の集計も紹介し、第一声と合わせて候補者情報を多角的に伝えました。選挙の争点についても、物価高やコメ価格高騰、防衛力強化、憲法改正、皇位継承など17のテーマを選び、ファクトに基づいた解説記事や動画を掲載しました。SNS選挙の実態にも注目し、政党や候補者の活用状況、フィルターバブルの影響、注意点などを分析。発信側と受け手側、両方の視点から課題を伝えるよう努めました。
▼プレバンキングによる誤情報対策
ネット上の誤情報対策としては「プレバンキング」に取り組みました。拡散が予想されるテーマについて、事前にファクトベースの記事を出してある意味“免疫”をつけてもらう狙いです。例えば外国人の生活保護やこども家庭庁の予算などを取り上げました。加えて「選挙の前に確かめて」と題し、ネット情報と向き合う5つのポイントを専門家が解説する記事や動画も公開しました。選挙期間中には、外国人に関する真偽不明な情報が多く出回りました。例えば「留学生が非常に優遇されている」「外国人の国民保険未納」「外国人の生活保護は憲法違反」といった主張について、検証する記事を掲載しました。後半には埼玉県川口市のクルド人問題や治安悪化、不法残留、不起訴率の話題も増えたため、それらも検証し、支援団体の声も紹介しました。また、毎回出てくる「不正選挙」説、「期日前投票の用紙が書き換えられる」といった話にも対応し、検証記事を出しました。ファクトチェックは記事だけでなく、第一声の全文テキストにも注釈や参考リンクを付けて対応。例えば「選択的夫婦別姓」については、事前に用意した解説記事に誘導する形で、正確な理解を促しました。こうした事前準備が、実際の選挙期間中に大いに役立ちました。
▼透明性の高い報道を
最後に、ネット空間で正しい情報を届けることの難しさについて。NHKの世論調査では、投票で重視するテーマは物価高や社会保障でしたが、ネット上では外国人問題が終盤にかけて急上昇。ネットの声と実際の世論の乖離をどう扱うかは、今後の大きな課題です。ファクトチェックで誤りを指摘すればするほど、発信側の養分、ガソリンになってしまう。だからこそ根拠を明確に示し、「わかっていること」と「わからないこと」を区別した透明性の高い報道が、これからますます求められると感じています。
<委員提言1:デジタルメディア環境における放送局とニュースの役割 放送倫理検証委員会 水谷瑛嗣郎委員(慶應義塾大学准教授)>
私は憲法が専門で報道の自由や表現の自由を中心に研究してまいりました。日本でもソーシャルメディアにおけるコンテンツの影響は無視できない大きな力を持ち、プラットフォームを管理している事業者の影響力も非常に重要な論点です。情報流通プラットフォーム対処法ができましたが、その前提となった違法有害、誹謗中傷の対策のワーキンググループや、最近のデジタル広告のワーキンググループでも議論をさせていただいています。
▼報道機関とプラットフォームの機能の違い
表現の自由と、報道や放送の自由は、判例を見ると違いがあります。表現の自由は、個人の発信あるいは知る自由、いろんな情報を摂取する自由と憲法上認められています。報道の自由は国民の知る権利に奉仕するという機能を核にして、一種の手段として位置付けられてきたと思います。
放送にせよ新聞にせよ、今はもう媒体としての優位性が残念ながらなく、ソーシャルメディア事業者がその流通を担っています。ソーシャルメディア事業者は「情報環境形成力」を持っています。ソーシャルメディアのフィードの形をデザインし、フィードに何が上がってくるかを決めるアルゴリズムにおいてどんな要素を優先するかのデザインもしています。アメリカの法学者のケイト・クロニックは、プラットフォーム事業者は「ニューガバナー」、国家に匹敵するような情報環境の管理をしていると指摘しています。では日本の最高裁はどうみてきたか。グーグルやツイッター(現X)に関して、最高裁の判例があります。グーグルはインターネット上の情報流通の基盤だと指摘し、ツイッターは、利用者に対して情報発信の場やツイートの中から必要な情報を入手する手段を提供していると指摘しています。ただ、これら最高裁判決には、報道の自由のために議論されてきた国民の知る権利に奉仕するという言葉がありません。検索エンジンで情報を調べる人は多いわけですから、グーグルも国民の知る権利に奉仕していると考えるのが自然ですが、判例の中には出て来ない。報道機関とプラットフォームは憲法上、違う機能を担っているのだと思います。
▼「アテンションエコノミー」がもたらす情報環境の変化
ソーシャルメディアを運営しているプラットフォームには「アテンションエコノミー」と呼ばれる経済原理があります。経済学者のマシュー・ハインドマンが指摘したもので、デジタル社会での生き残りは「粘着性」、くり返しサイトを見続けたりクリックしたりする性質に左右されるというものです。アテンション=注目という資源は希少です。睡眠を取ったりご飯を食べたりという時間を割いていくと自由にできる時間というのは多くない。それをデジタル社会は取り合っています。注目を引くことで広告収入を得てプラットフォームは成り立っています。
注目は外部からの刺激に弱いということも指摘されています。「アテンションエコノミー」の世界では、残念ながら、コンテンツの中身の正確性とか社会的価値とか、情報源が確かなものかという点は重視されません。いかにページビュー(PV)を稼ぐか、クリック率を上げるか、インプレッション数を上げるかが重要になっていきます。中身が偽情報であろうと、刺激を与えてPVを稼げるならばそれでいいと考える人たちが出てきます。受け取るほうが真偽をちゃんと確認し、騙された場合の責任はあなたが負ってくださいという世界観が加速していると指摘されています。そうしたプラットフォームの機能と、国民の知る権利に奉仕する報道機関の機能には距離があると思っております。
▼信頼される報道の条件とこれからの仕組みづくり
報道もアテンションを手段としなければならない部分もあります。クリックを誘うために大げさなタイトルを付ける「釣りタイトル」が問題になったのも「アテンションエコノミー」的な問題で、報道機関も注意してやっていかなきゃいけない。しっかりしたニュースや報道とは何かを政府が決めることになると、恐ろしいことになる。報道機関が自律的かつ大学なども含めたマルチステークホルダーで決めていくことが、今後、必要になるかもしれません。プロとしてのジャーナリズム倫理をどうやって客観的に評価するか非常に難しい。そこで最近、注目している仕組みをご紹介します。国境なき記者団(RSF)が取り組んでいる「ジャーナリズム・トラスト・イニシアティブ」です。一種の認証の仕組みになっていて、18個の評価項目に関してメディア事業者が自己評価し、それを第三者機関が認証するものです。放送局のアカウンタビリティ、訂正放送の仕組みといった説明責任を果たすことが挙げられています。こういう仕組みを参考にしながら、指標作りに取り組んでいただくことが重要なのではないかと思います。
最後に、現場の編集部門だけではなく、経営層も含めて放送局一体となって、「アテンションエコノミー」との距離の取り方を議論すること、情報番組やワイドショーといった報道番組以外のものもアテンションを重視して、事実を過度に軽視するようなものになってないか、自制的に制作プロセスを再確認していただくことが必要と思います。
<委員提言2:局員等への誹謗中傷対策 青少年委員会 池田雅子委員(弁護士)>
▼ネット攻撃の現実と報道の使命
報道や番組制作に関わる人たちへの誹謗中傷や人権侵害が頻発しているとして、民放連が今年7月に声明を出しました。不当な攻撃を受けた場合は法的措置を含めて組織的に対応すること、個人の尊厳を守るためにあらゆる手段を講じることが明記されています。NHKも放送ガイドライン等で同様の原則を掲げ、新聞協会も6月に声明を出しました。メディア全体が「局員を守る」という姿勢を打ち出しています。
取材の現場で理不尽な言葉を浴びた経験は皆さんもあると思います。「記者なんだから耐えろ」と言われたこともあるかもしれません。報道で人の名誉やプライバシーを傷つけることもあるから自分たちも我慢しなければならないと思ったこともあるかもしれません。でも、ネットやSNSでの攻撃は「点」ではなく「面」で押し寄せています。受けるダメージは従来の経験では測れないほど大きい。組織として局員の尊厳を守ることは当然であり、人権尊重、安全配慮の観点からも欠かせません。
ここで強調したいのは「報道の使命」です。ネットで誹謗中傷を受けて拡散されるのを見れば、誰だって気持ちは弱ります。特にヘイト問題や従軍慰安婦問題を取り上げたときの反応はすさまじい。そうなると「もう取材はやめよう」となりかねない。他社が攻撃されているのを見て「うちは報道しないでおこう」となることもあるかもしれない。でも、事実が報道されなくなれば、不利益をこうむるのは市民です。正確な情報が届かなくなるからです。ネットには偽情報や誤情報があふれています。市民が民主主義の主体として自治を行うためには、正しい情報が不可欠です。誤った情報に基づいて投票すれば民主主義の基盤が崩れます。だからこそ、メディアは質、量ともに豊かな情報を適時に届ける役割を担っている。厳しい事実確認が求められるのは当然ですが萎縮してはいけない。情報を届ける人を守ることが、市民の自由と自治を守ることにつながるのです。
▼法的対応の可能性、限界
ネット上の誹謗中傷にどう対応するか、弁護士の視点から説明します。まずはプラットフォーム事業者に対して削除を求める方法です。メールやフォームででき、弁護士に頼まなくても可能です。削除理由は映像が使われているなら「著作権侵害」とするのが良いでしょう。名誉毀損やプライバシー侵害が本筋ですが、実際に取り組まれた局の方から「著作権侵害を理由にしたほうが即効性が高い」と聞きました。効果はありますが、再び映像がアップされたり、いたちごっこになったりすることも多いです。
次に裁判所での手続きについて。削除の仮処分命令申立てや訴訟提起があります。仮処分なら訴訟に比べ時間を短縮できますが、それでも証拠集めや違法性の判断は厳しく、負担は大きい。即効性ではやはりサイト管理者への削除請求が優先されます。投稿者が誰なのかわからないときには、投稿者を特定するための発信者情報開示請求を行う必要があります。法改正で新しい手続きが導入され、東京地裁のサイトにはフォーマットも公開されています。ただ、ログの保存期間が短い、スマホのスクショではURLが出ないなど注意点も多い。IPアドレスからたどってもマンションやネットカフェまでしかたどり着けない場合などには、アカウント情報の開示請求も検討すべきです。投稿者を特定できれば損害賠償請求が可能になり、場合によっては脅迫罪などの刑事告訴も考えられます。ただし警察が動くかは別問題です。
▼組織的支援と業界横断の取り組み
法的手続きは時間がかかり、面で押し寄せる攻撃に一件一件対応するのは限界があります。そこで、局や会社としての備えが重要です。まずはサポート体制を作ること。現場を孤立させてはいけません。炎上しても「あなたが悪いのではない」と会社が言ってくれることがどれほど心強いか、当事者の声を聞いて実感しました。事前に支えるチームを作り、複数人で早期に対応する必要があります。OBやOGの協力も考えられるでしょう。メンタルケアも欠かせませんし、法務部や著作権部門との連携も必要です。予算も確保してほしい。
次に弁護士との協力関係。必要なときに相談できる関係を日頃から築いておくことが大切です。誹謗中傷への対応は各社が試行錯誤していますが、放送業界全体で共有し合うことが必要です。新聞や雑誌も同じ課題を抱えています。業界横断で立ち向かうことが社会へのメッセージになり、ネットリテラシーの向上にもつながります。アメリカにはメディアを支える弁護士団体がありますが、日本にはまだありません。弁護士と協働できる仕組みが求められています。これも今後の課題です。
局員を守ることは市民の自由と自治を守ることと表裏一体です。情報を裏取りして公共に広く発信し、その発信に対して責任をもつコストのかかる活動は“オールドメディア”しか担えない。私たち市民が支えなければ、この活動は縮小し、やがて停止してしまう。報道は時間も労力もお金もかかります。でも、マスメディアだからこそできる取材がある。質的にも量的にも豊かな情報を社会に伝え続けてほしい。心からそう願っています。
<質疑と意見交換>
▼選挙報道の質と量について
○九州朝日放送
今年の参院選、期日前投票者が25%に達しました。つまり、選挙報道をすべて見終わらないうちに投票した人が4分の1以上いたわけです。岩田さん、坂本さん、社内でそういうことを意識した議論はありましたか?また、委員の先生方は、期日前投票を踏まえた報道の工夫についてどうお考えですか?
○TBSテレビ 岩田氏
期日前投票の視点は確かに新しいですね。日頃から政治報道を厚くしておくことが大事だと思っています。選挙が終わっても政治ニュースは続いていて、社会全体の関心も途切れていない。だから、日々の政治の動きを丁寧に伝えることが、結局は一番の責任の果たし方かなと思っています。
○NHK 坂本氏
私たちも日ごろの政治ニュースの出し方が重要だと思っています。参院選では、立候補予定者を公示前から特設サイトで紹介し毎日更新しました。さらにSNS選挙をテーマに大規模調査をして、公示前に放送しました。候補者アンケートも公示翌日には掲載開始して、期日前投票の人にも参考になるようにしました。
○放送倫理検証委員会 水谷委員
選挙期間だけでなく普段から政治報道を充実させるのは必須です。加えて、SNSの仕組みや現実の争点を定期的に調査して提示することも大事。ソーシャルメディアの特徴を理解したうえで、選挙前から情報を流しておく必要があると思います。
▼公平性と「感情」への向き合い方
○毎日放送
兵庫県知事選では『テレビに騙された』など厳しい声を受けました。参院選では事前報道に力を入れ、自分たちが変わる姿を収めようとドキュメンタリーも作りました。ただ、質的公平性の答えは見つからず、組織全体に浸透させる難しさも痛感しました。今年2月のBPO人権委員会の意見交換会では、委員から『感情的な公平性みたいなものもお考えになったらどうか』という指摘も受けました。視聴者の感情的欲求にどう応えるべきか、委員の方はどうお考えですか?
○水谷委員
これは本当に悩ましいですね。「アテンションエコノミー」では怒りや悲しみなど負の感情が注目を集めると言われています。でも、国民の知る権利は“知りたいことを満たす自由”ではなく、民主制に必要な情報を提供することに奉仕するものだと思います。だから感情に直接応えるよりも、声を上げられていない世代や地域に取材を広げることが必要ではないでしょうか。SNSのトレンドが必ずしも世論ではないので、争点になりにくいところにも手当していくことも質的公平性の観点からも今後、必要なのではないかと思います。
○放送倫理検証委員会 小町谷育子委員長
基調報告で2017年の委員会決定に触れていただきありがとうございます。実は最初の選挙報道に関する決定は参院選の比例代表制をめぐるものでした。その後、放送局から『報道がしにくくなった』という声もあり、初代理事長の清水英夫先生からも批判が出ました。私自身、起案者として舌足らずだったかなと感じています。ただ、当時から量的公平性を厳密に見ることはしていませんでした。例えば、BS11の事案では、1カ月分約50時間を見て全体でバランスが取れているなら問題なしと判断しました。
今回の参議院選挙でも、ネット上では外国人問題が大きく見えるけれど、若い世代の関心はむしろ経済や氷河期世代の支援だったと思います。ファクトチェックをしても事実を信じない人には響かない。事実そのものがどうでもいいとされてしまう時代に報道はどう向き合うかが問われています。既存メディアは裏付けを重視し、事実を大切にする姿勢を示し続けることが信頼につながると思います。是非、工夫を凝らして頑張って報道していただきたい。
○日本テレビ
弊社では候補者を呼んで長時間の討論番組をネット配信しました。一定の効果はあったと思いますが、ネット空間ではポピュリズムの空気が強まり、私たちが“エリート”“人民の敵”という構図で見られてしまう。市民の自由や自治のために熱意を持って報道しているつもりでも思いが伝わらない。皆さんはどう見ていますか?
○水谷委員
アメリカでも同じ問題が起きています。ニューヨークタイムズやCNNがエリート扱い、人民の敵だと言われる。そこで重要なのは、なぜマスメディアの報道が必要なのかを説明すること。報道の効用やベネフィットを社会に伝える努力です。だからこそ、指標を作って可視化する試みが大事だと思います。
▼信頼・誹謗中傷への対応
○青少年委員会 吉永みち子委員長
若い世代はSNSを主体的に選んで使うので、ニュースは“流れてくるもの”と捉えられがち。メディアの信頼度も世代が下がるほどネットとは拮抗してしまう。偏向報道と批判されたり、誹謗中傷にさらされたりしたときに局員やフリーの人をどう守るか。信頼や人材確保にも関わる大きな課題だと思います。
○朝日放送テレビ
兵庫県知事選の取材で記者が誹謗中傷にさらされました。記者の年代によって反応が違い、40代はネットに上がることで自分たちのニュースが無視されていないと確認する。30代はネットにさらされるので質問はやめておこう。20代は質問するが叩かれて怖がってしまう。局としてどう対応すべきかご意見を伺いたいです。
○青少年委員会 池田委員
具体的な状況によりますが、人身攻撃に及ぶ場合は対応が必要です。局の法務や弁護士と知恵を絞り、ケースごとに判断するしかない。各局が試行錯誤しているので、業界全体で悩みを共有し、取り組みを高め合うことが大事だと思います。
○放送人権委員会 廣田智子委員長
誹謗中傷対策は喫緊の課題ですが、一方でネット上での匿名言論は表現の自由に非常に重要で、誹謗中傷との線引きは難しい。この点からも業界横断的な窓口を作り、基準を公表して判断する仕組みをつくることは考える価値があるのでないか。弁護士や研究者を含むチームで対応すれば、局ごとの負担も減り、説得力も増す。事例を公表すればネット上の言説の倫理向上に役立つ。放送業界として、伝えることの倫理、作法みたいなものを伝えていく必要はあるのではないでしょうか。
【第2部「放送現場からの人権意識改革」】
第2部では「放送現場からの人権意識改革」をテーマに、3つの異なる視点から議論を深めた。フジテレビ・コンプライアンス推進局の吉田優子局長が「人権・コンプライアンスのいま」と題してフジテレビの「再生・改革」と人権尊重への取り組みについて基調報告を行った。続いてBPO放送人権委員会委員で俳優の斉藤とも子氏が「出演者からみた放送現場のあり方」について、BPO青少年委員会副委員長で立命館大学教授の飯田豊氏が「若者の人権意識と放送現場のあり方」について、それぞれ委員提言を行った。
<基調報告3:人権・コンプライアンスのいま ~フジテレビの「再生・改革」と人権尊重への取り組み~フジテレビ コンプライアンス推進局長 吉田優子氏>
一連の事案で視聴者をはじめ多くのみなさま方にご迷惑をおかけしていることを深くお詫びいたします。フジテレビは信頼回復への道半ばではありますが、「人権・コンプライアンスのいま」と題して報告します。
▼社員などステークホルダーとの「対話」からスタート
2025年1月17日、取材カメラを入れない「クローズド会見」など対応の失敗で多くのスポンサーが撤退し、10時間以上に及ぶ記者会見でも事態の収拾は不可能でした。2月6日、清水社長を本部長とする「再生・改革」プロジェクトを設置し、総務部長だった私は、本部長や副本部長の補佐役としてプロジェクトに関わりました。調査を第三者委員会に委嘱する以上、「社員へのヒアリングは調査妨害にあたる」とされ、唯一可能だったのが、「人権デュー・ディリジェンス」上の基本的行程であるステークホルダーとの「対話」でした。2月後半から3月後半の1カ月間に、全ての局・室の20代から50代の社員、および社外関係者110名以上と40回近く対話を重ねました。対話にとって最も大切なのは、「心理的安全性」を保つことで、メンバーが話しやすいように、「同年代にすること、同じ部署同士にしない」といったルールを決めました。社員たちが何を思って、過去をどう振り返っているのか、何よりこれから会社をどうして行きたいかという点について話し合いを重ね、私はほぼ全ての対話に同席しました。対話にリスク対応専門の外部弁護士が同席したことで「話した内容を会社が隠ぺいすることなく、改革に活かされる」という安心感が生まれたと思います。集まった社員やさまざまなステークホルダーの声から具体的な課題を把握して対策に落とし込み、「フジテレビにおける人権リスクマップ」(3月公表)を作りました。
▼行動計画を発表し進捗状況を公表
3月31日、第三者委員会の調査報告書が出た日に、社として把握した問題点と施策をまとめて「フジテレビの再生・改革に向けた行動計画」を発表しました。「ビジネスと人権」の専門家が入って作った国際的な基準の計画で、国際的基準の重要性は後に痛感します。フジテレビは4月に総務省の行政指導を受けて月次の報告を始めました。7月に総務省への報告は終了したものの、親会社のフジ・メディア・ホールディングスとともに、毎月、「再生・改革」の進捗情報をホームページ上に掲載しています。4月には、再生・改革に向けて、人権ファーストの徹底、危機リスクを減らす仕組みを導入しました。ガバナンス改革・組織改革では、編成、バラエティ部門の解体・再編であるとか、アナウンス室を独立させるといった方針、そして「楽しくなければテレビじゃない」からの脱却にわたるまで、8つの強化策を掲げました。
▼コンプライアンス体制の再構築と全社員対話
コンプライアンス体制として社内と社外の相談窓口は存在していましたが、一連の事案で問われたのは心理的安全性を確保すること、より広く門戸を開く点、そして国際的な基準を踏まえて改善が必要だという点です。国連のビジネスと人権の指導原則を踏まえて外部相談窓口を整備しました。指導原則の実行基準とは、正当性・予測可能性など何をしたらどこに行くか流れがわかることです。例えば20日以内に方針を伝えることなどをホームページに公開しています。人権ファーストを徹底する取り組みの1つとして、研修の中で一番反響が大きかったのが、5月から6月にかけて全社員を対象としたグループ対話です。シニアスタッフ含めて、1,200人以上が参加しました。海外駐在員、地方の支社勤務、そして、出向中の社員、全員が参加できるように深夜、早朝の枠も構えて、23回にわたって研修を実施しました。「フジテレビの何が間違っていたのか、何を変えなければいけなかったのか。そして、今何が変わったと感じるのか」。一方で「変えてはいけないことは何なのか」、グループごとに話し合いました。「事案発生以降、社員同士で話し合うことがなかった。思いを吐露することもできなかった」と話す社員もいました。「長年見過ごしてきてしまった」など過去を顧みる声がある一方、若手からは「受けとめきれない」という声も挙がりました。全社対話は一過性ではなく定期的に開催すべきとの声が多く寄せられています。少し時間を置いて改めて実施できればと考えています。5月に実施したコンプライアンスアンケートは、過去に遡ったハラスメントの有無、過去に言えなかったけれども今こそ言いたいという思いを大切にしながら、まずは弁護士がヒアリングを実施し、その後、コンプライアンス推進局の担当者に引き継ぎながら、改めて1つ1つの事案に向き合っています。今、起きていることについてはコミュニケーションミスによる小さな衝突であっても、よりよい形に現場が進めるようにお手伝いをしています。
▼様々な改革を展開
編成の下にあったアナウンス室は、7月からコーポレート本部に属してアナウンス局になりました。制作経験が豊富な社員複数名を配置しマネジメント部が発足しました。若手アナウンサーへの教育や育成、キャリアプランをともに考える体制が生まれています。若手アナウンサーたちに聞くと「相談の幅が広がった」、「より安心して臨める」といった声があります。サステナビリティ行動規範を9月に策定しました。ビジネスパートナーにも理解と取り組みの推進をお願いしています。制作現場などにおける自主的な取り組みでは、ドラマのクランクイン時にリスペクトトレーニングを原則化しています。その都度、一緒に働くメンバーが違うので、みなさん新鮮な気持ちで取り組んでいるようです。意識改革につなげるため、人権·ジェンダーに関する専門家の講義を9月に集中的に実施しました。信頼を取り戻すための取り組みにおいては国際基準を踏まえているかどうかを常に問われます。広告主をはじめとする多くの企業のコンプライアンス部門とかサステナ部門と対話の機会を設けています。グローバル企業は、国連の基準に基づいて苦情から救済までの体制をとっていて、対話のたびにその大切さを痛感します。報告ルートの複線化も大事にしています。リスクを特定し評価するチームが社長室・リスク管理部として設けられ、われわれコンプライアンス推進局・コンプライアンス推進部が一体となって、局長から上がる情報とコンプライアンスオフィサー(ライン部長)からの情報の複線化を形作っています。今後も、コンプライアンス違反が確認された場合は社として厳正な処分を行います。
▼誹謗中傷対策も
先ほど選挙報道の話にもありましたが、心理的安全性を高める観点から「ソーシャルメディア上の憶測に基づいた誹謗中傷」への対策をとても重要視しています。7月に対策チームを全社横断的に組織し、ネット上のパトロールや、誹謗中傷の投稿をめぐってプロバイダへの著作権法に基づく削除要請などにあたり、何かあれば相談を受ける体制です。こちらからの声かけも大事だと思っています。誹謗中傷対策についての経験・知見は系列局からもご依頼があれば研修などで連携しています。
▼コンプライアンスのPDCAを回す
7月の組織改編で再生改革プロジェクト本部は発展的に解消し、その役割を新たに生まれたサステナビリティ経営推進室が担っています。人権尊重の徹底を全社に浸透させる目的と、人的資本経営を戦略的に考えるために、サステナビリティ経営委員会を毎月1回、開催しています。足もとのリスク、相談事、過去から今に向き合う私たちコンプライアンス推進局と、現在から未来を考えるサステナビリティ経営推進室は、連携を取りながら動いていくことが非常に大事だと思っています。今後はコンプライアンスアンケートや日々の相談で把握した「どういう形でコミュニケーションミスが起きやすいのか」など具体的なリスクを分析し、人権デュー・ディリジェンスの中で把握したテーマを研修や対策に反映し、効果を検証し改善するというPDCAサイクルを本格的に始めようとしています。フジテレビは、「ビジネスと人権」という課題がいかに企業にとって大事か身をもって体験し、会社、方針、そして仕組みをこの半年間で一気に変え、制作現場もコーポレート部門の意識も変わってきています。ただし、急激な変化で戸惑う社員がいることも事実です。フジテレビの社員、スタッフ1人1人に「会社が変わったな」と感じてもらえるようにすることが大切だと思っています。私たちとしては、現場の皆さんが自信とやりがいを持って取材や制作活動に集中できるようにサポートしていきたいと思っています
<委員提言3:出演者からみた放送現場のあり方 放送人権委員会 斉藤とも子委員(俳優)>
SNSでいつでもどこでも誰でも自由に発信ができるなかで、正確さとか裏付けを求められつつそこに対抗するという過重な負担の中で放送局のみなさんが頑張っておられることに頭が下がります。今はテレビドラマとか情報番組に出ているわけではなく、舞台などの活動が中心ですが、もう一度、原点に戻って、一緒に考えていただけたらなと思います。
▼放送されることの影響
私が一番テレビに出ていたのは1980年代から2000年くらいまでで今とは状況が違いますが、テレビで放映されたことの影響が降りかかってくるということは共通していると思います。私はもともと人見知りで人前に出ることが苦手で、学芸会もその他大勢じゃないとできないような人間でした。小学6年生のときに母が病気で亡くなりました。当時、同じような状況のドラマが放映されていて、それを見て、私も頑張ろうと思わせてくれたのがテレビでした。架空の出来事が架空ではなくて本当に1人の生きている人間を支えてくれました。つらいことがある人にちょっとでも灯りをともせるようなことができたらと、役者になりたいと思ったのがきっかけで、中学3年生で運よくデビューしました。優等生の役と私的な事情が相まって、家のことを助けているとかご飯の用意をしていることが記事に書かれたことがありました。好意で書いてくださっているのだけれども、本当の自分とすごく乖離があって苦しかったです。影響は家族にも及びます。私の妹はいじめを受けて転校するなど大変苦しい目に遭いました。放送で顔を知られることは、平穏な生活が脅かされることにつながります。
▼委員をしていて思うこと
BPOの委員としていろいろな方の聞き取りをすることがあります。放送人権委員会は放送で人権を侵害されたという申し出に基づいて動く委員会ですが、番組を事前に見て申立てをしている方に抱くイメージと、実際にお会いしたときにギャップがあります。放送されたものを見ると本当にとんでもない人だと思ってしまう。実際にその方の話を聞くと、報道されたことで仕事をなくし人生が終わったようになってしまった。自分だけではなくて家族も生きていくのが大変になっているという声を聞きます。それから、ドキュメンタリーで取材を受けたり、新聞のインタビューを受けたりした方がよく言われるのが、こういうふうに言ってほしいって感じることがあるということ。自分の一番言いたかったことは使われないで、当てはまるコメントだけを拾い上げて大きく放送されたとよく聞きます。そう思われている方がいるということは、みなさんわかっていらっしゃると思いますがお話ししたいと思います。
▼人間をどう捉えるか
放送するときに人間をどう捉えるかということだと思います。百の悪人も百の善人もいないと思うのです。でも、やっぱりマイナスだったらそこを膨らませるように報道されてしまう。例えば、兵庫県知事の話がありましたが、SNSの情報があれほど拡散したことも、もしかしたら人間性を批判するような、ちょっと面白おかしく、そういう報道があまりに過ぎていたときに、見ている人たちが「本当にここまでなのかな」と思い、SNSでそうではないものが書かれていたときにそっちに行ってしまうっていうこともあると思います。私がそういう報道に疑問を持った最初がロス疑惑の三浦和義さんのことです。あと、和歌山のカレー事件。それから、オウム真理教の事件。疑いを持たれたときから、どの局もそのニュースをやっていました。いかにその人が悪いかということが強調されるものばかりで、1人の人間をここまで徹底的に責めてしまうという恐ろしさを感じたことがあります。あの事件の犯人はこの人じゃなくて私だったかもしれない、そういうことが感じられるような報道の仕方もあっていいのではないか。オウム真理教のとき、私は自分もあり得たかもって思ったのです。1つのことに集中してしまうとか、社会に対して不安があって、このままでこの世の中うまく行くのだろうかと思ったときに、何か引きつけられるようなことを言った人について行ってしまう可能性ってあるのかもしれない。
▼みんなで一緒に考えていく
一番大事なのは、「放送が誰のために、何のためにあるのか」ということだと思います。おそらく入社時にはテレビを見る人たちを楽しませたいとか幸せにしたいとか、ちょっとでもこの社会をよくしたいと思っていた方がほとんどだと思います。今、私が思うのは、これだけ変化していく時代の中でテレビに求められるものは、必ずしも完璧でなくてもいいのではないか。人間って弱いところは誰でも持っていて、放送局のみなさんもこのSNS時代の中で自分たちはどう報道していいのか、もがいている。だからそれもさらけ出すぐらいでもいい。視聴者にもそれを届けて一緒に考えませんか。みんなで一緒に考えていく、そういうテレビがあってもいいと思います。本当にみなさん、この大変な中でよく頑張ってくださっていると思います。私はほとんどネットとかSNSを見ない人間なので、テレビと新聞が私にとってはとても大切なツールです。これからも楽しみにしています。どうか頑張ってください。
<委員提言4:若者の人権意識と放送現場のあり方 青少年委員会 飯田豊副委員長(立命館大学教授)>
私はメディア技術に関する歴史研究、あるいはメディアリテラシー教育に関わる研究などに取り組んでいます。青少年委員会には、視聴者意見に基づく議論に加えて、独特の取り組みがあります。その1つが「中高生モニター制度」で、全国から公募で選ばれた中高生のモニター30名と1年を通じて交流しています。モニターのみなさんに、毎月視聴した番組への意見などを記入したレポートを送ってもらい、それを基に委員会で議論したあとは、各委員が分担してモニター1人1人にお手紙を書いています。
▼中高生モニターにみる若者の人権意識
「テレビ離れ」、「メディア不信」と言われるなか、わざわざBPOのモニターに申し込んでくれるわけですから、決して今の若者の意識や価値観を代表しているわけではありません。放送に対して特別の思い入れがあり、問題意識を抱いているみなさんです。モニターの意見を通じて、若い人たちがテレビをどういうふうに面白がっているのか、テレビとインターネットをどのように使い分けて、放送に何を期待しているのかを理解しようと努めています。人権に関する中高生からの声を紹介します。毎月のリポートを読んで強く感じるのが、出演者に対して共感性の高いコメントが非常に目立つことです。例えば、「『確実に“優しい”人』、『確実に“ノリだと分かる悪口”を言える人』は安心してみていられる。そういう人をもっと増やしてほしい。また、芸能人とはいえ、人としての気持ちもあるし限界もあるから、笑いの対象として見るだけではなく、ひとりの人間だと考えてほしい」。共感性の高さはZ世代の特徴と言われますけど、このような記述が非常に目立ちます。青少年委員会は2022年に「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティーに関する見解」を発表しました。この「痛みを伴う笑い」をめぐってもさまざま意見が寄せられています。「けがをした人もいるので、まずは出演者を気遣うことが大切」、「バラエティー番組の討論中に誰かが話そうとすると仕掛け人がそれをさえぎって話し始めるというドッキリのようなものを見かけた。正直、体を張ったりするものよりも嫌な気分になった」など。逆に、「近年いじめなどの問題が深刻になって、バラエティー番組などのコメントが非常につまらない」という声も寄せられていて、この辺りは意見が二極化しています。ジェンダーやダイバーシティに対する関心の高さもコメントからうかがうことができます。「出演者の名前を紹介するテロップについて、ジェンダーレスなこの時代に男性は青、女性はピンクというように色を分けるのはどうか」、『紅白』はどうなのといったコメントは非常に多く寄せられています。逆に、「SDGsを意識することはいいことだと思いますが、何もかもSDGsに関連させていてはTVやラジオが面白くありません」という意見もあります。青少年委員会では、2024年度から2026年度、3年かけて取り組んでいる調査研究の中で、中高生のメディア利用と、人権·ジェンダー·ダイバーシティなどの価値観との関係性について、深掘りできればと考えています。
▼若い世代のテレビ報道への意識
注目すべき先行研究として、東京経済大学の山下玲子教授が2016年に行った「放送法の知識とテレビ報道の公平性に関する意識の性別・年代差について」という論文があります(『コミュニケーション科学』49号、2019年)。この論文によれば、報道における人権配慮に関する意識の性別・年代差について、若年層――具体的には当時15歳から19歳の回答者――に、年長世代とは異なる傾向が見られます。まず、「テレビの報道は、女性差別的な印象を受ける」という設問に対しては、男女とも15歳から19歳が「強くそう思う」と回答している割合が、ほかの世代よりも大きい点が目につきます。ただ、男性15歳から19歳では「まったくそう思わない」という回答の割合も有意に大きいことが示されています。その背景は今後追究していきたいと思っております。「テレビの報道は、性的マイノリティ(性同一性障害・ゲイ・レズビアン等)に対して配慮が足りない」という設問に対しては、女性15歳から19歳が「強くそう思う」という回答をしている割合が大きい一方、男性15歳から19歳は「まったくそう思わない」という回答の割合が顕著に大きいことがわかります。まとめますと、15歳から19歳の回答のみに注目した場合、放送の人権配慮に対する評価が顕著に二極化していることがわかります。いずれにしても、年長世代と比べて人権に対する感受性が強いことを示唆しています。上の世代が「過去との比較」で今の放送を差別的でないと捉えるのに対して、若年層は学校における人権教育やSDGs教育などを踏まえた「現在の感覚」で、差別や配慮不足を敏感に捉えている可能性があるのではないかと思います。
▼人権意識の高まりが放送の強みに
若者の人権意識の高まりを踏まえれば、表現と規制の兼ね合いで試行錯誤してきた放送の歴史は、放送が今後、メディアとしての信頼を維持し、関心や共感を拡大していくための強みにもなると考えます。先ほどご紹介したのは2016年の調査なので、当時15歳から19歳の若者は今20代半ばの局員と同世代にあたります。人権に対する感受性が強い若手局員のみなさんが、これからの視聴者と制作現場の橋渡し役になり得るということを、最後に期待を込めて申し上げたいと思います。
<質疑と意見交換>
▼若い世代が働きやすい職場
○司会
9月22日深夜(フジテレビ·ローカル)『当事者たち。~フジテレビ入社4年目の記録~』というドキュメンタリー番組が放送された。入社4年目のディレクターが1月の謝罪会見から会社の内側でカメラを回し同年代の社員から役員まで取材して苦悩と葛藤を描いたセルフドキュメンタリーだが、視聴した感想は。
○青少年委員会 飯田副委員長
フジテレビ社員の世代間格差が焦点の1つだったと思います。番組ディレクターと同世代である入社4~5年目の社員は、年長世代とは受けてきた教育や人権意識が変わってきていることの一端が、浮き彫りになっていました。フジテレビの吉田さんからは、一連の取り組みの中で、社内での対話を推進しているというご報告がありました。あのドキュメンタリーは認識ギャップを埋め、話し合いのきっかけをつくるという点で非常に意義深い作品だと思います。それ自体で課題解決を目指すというより、あくまで問題提起型の作品です。この番組について語ることで、次の議論に進んでいけると感じます。
○放送人権委員会 斉藤委員
若いディレクターが番組の制作について相談したときに、プロデューサーが「その番組を放送することで、出演した社員が批判の対象になって、その人の人生が狂うようになったときに責任を取れるのか」と彼女に言っています。若いディレクターももがき、でも伝えなくてはいけないことがあると感じたから、あの番組を作ったのだと思います。私自身はそのもがいている姿に共感します。
○朝日放送テレビ
非常に衝撃でした。見ていて苦しくなる。若い人たちに見てほしいと思うものの、取材姿勢という意味ではお勧めする手法ではないと思いました。ただ、テレビ局内で起きたことを、局員自身で撮影し放送するのは意義があったと思います。
○フジテレビ・コンプライアンス推進局 吉田局長
この番組にはさまざまな声をいただきました。非常に厳しい声もあった一方で、当時の若い社員たちが感じていたことがリアルに描かれてもいます。担当したディレクターはあの時期、あの瞬間の映像を多くの現場で撮り続けてきました。自身も顔を出した上で、周囲の説得もしながら覚悟を持って放送したことが、何事にも代えがたい。また、その若い制作者のマインドを会社が潰すことなく放送につなげたこと、当社はまだ危機感が伴う状況ですが、こういう中でも放送できたことはとても価値があると思います。この番組の放送にあたっては、社員が顔出しで番組に出てきますので、放送前にコンプライアンス推進局の誹謗中傷対策チームと放送現場の責任者がどう伝えるのが望ましいのかを話し合い放送しました。前もって準備をすることはとても有益だと思っています。
○青少年委員会 吉永委員長
若い人が自分の意思で声を集めて、何が起きているのかを実感しようとしている。組織が変われるかもしれないという希望を番組から感じました。同時に、言葉として印象に残ったのは、中堅の女性社員が「自分も加害者ではなかったか」、「セクハラされるのはそいつのせい」これはすごくわかる感じがします。私も男性ばかりで女性がいないとき「やっぱり女はな」と言われると「そう言われるような女性も悪いよな」とそう思いがちです。ルールはあってもマインドが変わらなければ、ルールはどんどん細かくなって行かざるを得ない。「これやるとハラスメントになっちゃうんじゃないか」という意識から控えるとなれば、本当の人権意識から発されていることではない気がする。「ルールがあるから気をつけなきゃ」という意識。だから、本当の意味で人権を大事にするというマインドは青少年の時代に人権問題を子どもたちと考えられる環境を作っていけるのかということだと思います。人権と表現の自由は相反するところがあって難しい部分もあります。じっくりと考えていく時期に来ているのかなとも併せて思いました。
▼ルールと創造性の両立
○テレビ朝日
今回1部と2部の議論で共通部分がありました。選挙報道で、公平・公正、質的公平性・量的公平性を考えるあまり自縄自縛に陥ることがあるでないかとの問題提起。われわれが何を基準に報じなかったか、あるいはどういう理由でこの報道をしたかということを視聴者にも説明していく必要があるのではとの提言がありました。今までは、人権とかコンプライアンスの取り組みに関しても、なるべく同業他社にも知らせないような状況がありました。問題が発生したときに、それぞれの会社が、プライバシーへの配慮は必要ですけれども、どういう事案にどういう基準で判断したのか、あるいは、伝えられない部分についてどのような議論があり、どのような苦しい判断をしたのかということも含めて、手の内を見せていくことが今の報道、また放送の信頼の回復につながるのではと感じました。そのうえでフジテレビの吉田さんに質問です。平時に研修をしても、スタッフ・記者が多忙で出席率が上がらないのですが、どうすれば自分事として心に響くのでしょうか。
○フジテレビ・コンプライアンス推進局 吉田局長
コンプライアンス研修は相当回数を重ねています。みなさんに複数回やっていただくことは本当に悩みどころです。解決策のひとつは、トップがメッセージを発信すること。先に社長の清水が100パーセント達成すると対外的に発信しました。そのうえで社内で研修・視聴の有無が確認できるシステムを利用し、見てない人に声かけするといったことを地道にやるしかないと思います。ただし、研修疲れは、どうしても起きるので、絶対に全員見てほしいという100%達成を求める研修と、より知見を深めるために知識を広げる講義型の研修など、研修にも種類があっていいと思っています。
○放送人権委員会 廣田委員長
放送局における「ビジネスと人権」の問題は、他の企業と異なる特殊性があります。放送は人権と抵触する要素を持っていて、報道は名誉やプライバシーとの抵触があります。そのため、人権擁護の意味、放送の存在意義をきちんと考えないと、肝心の伝えることに萎縮や躊躇が出てしまう可能性は否定できないと思います。放送局において「ビジネスと人権」を考えるときは、視聴者、社会に対して何をすべきか、何をしなければならないのかを考えてほしいと思います。
もう1つが広告です。フジテレビの問題でCMが中止になりました。私は広告の仕事をしていたこともあり衝撃でした。「ビジネスと人権」において、スポンサー企業は局と取引関係にある以上、局での人権の問題についても責任を負っています。しかし、それが即座のCM中止でよかったのか。国連の指導原則において、取引関係の中止は最終手段とされます。その判断に至る前に、救済是正を促すための影響力の行使が必要とされています。こうした点は、他の報道機関が問題提起をしてもよかった。また、スポンサーの影響力行使といっても、番組内容への介入はしてはならない。放送局・新聞社などに対する「ビジネスと人権」は非常に特殊性があることを、スポンサーにも社会にも理解してもらう必要があります。関連して、自分の考えと違うであるとか、自分が支持する人を批判する番組に対して、「一番効くのは、スポンサーに抗議してCMをやめろということだ」と言って、連絡先を掲示して煽るネット上の言説があります。誹謗中傷対策だけでなく、「キャンセル・カルチャー」にもどう対応するのか。放送局という特殊な業態における「ビジネスと人権」をみんなで考えていきたいです。
○放送倫理検証委員会 小町谷委員長
かつては報道対象者の人権が問題提起されていました。今、出てきているのは番組出演者、あるいは社内や委託会社の制作者の人たちに対する人権です。報道対象者については、例えば犯人視報道であったり過剰な報道があったりして、三浦和義さんの悪性強調みたいなのが報道された。そういう点はいろんな経験を積まれてよくなってきているという印象を受けています。大きな刑事事件は社会の関心事でもあり報道するのは重要です。注意しなければいけないのは悪性を強調しないことかなと思います。番組出演者については時代によって笑いの世界のイジリ方が変わっているので、かつての感覚で作っていいのか日々考えなければいけないと感じます。制作者間の関係はパワーハラスメント・セクシャルハラスメントが特に重要になると思います。無意識に自分では気がつかない人権侵害「アンコンシャス・バイアス」もあります。自分をその人の立場に置き換えるだけで視点が変わって考えることができます。人権・コンプライアンスと創造性、あるいはジャーナリズム性は、私は両立すると思っています。
<3委員長あいさつ>
○青少年委員会 吉永委員長
先ほどのお話でも触れられましたが、いろいろな問題が起きたときに1社が単独で対応するということがこれから先はなかなか難しい。問題が起きたときに1社で抱え込むのではなく各社がそれぞれに培った知恵とか工夫とかを共有して放送というものを守っていかなければならない。そういう時代に入りつつあるのではないかと思います。きょうは多くの局の方と、新聞社の方も取材でいらしている。テレビ・ラジオ・新聞は既存メディアとしてひとくくりにされてなかなか認めてもらえない時代になってきていますが、これから先の連帯に向けてひとつの機会を提供できたならばよかったと思っています。
○放送人権委員会 廣田委員長
放送局の方が系列の枠を超えて問題意識を共有して話し合うということはなかなかないことではないかと思います。私も大変勉強になりました。本当に大変な変革期、分岐点にあると思いますが、放送が伝える確かな事実·情報は、あらゆる人権の根源となる自由と民主主義を支えています。エンターテインメントは生きることを支えています。どんなときでも、ご自分たちの使命、存在意義に自信を持って取り組んでいただきたいと思います。人権委員会はみなさんが関係を持ちたくないと思っているところだと思いますが心から応援しています。
○放送倫理検証委員会 小町谷委員長
いろいろな問題点を共有でき議論ができて幸せでした。政治報道についてひと言だけ申し上げます。今年は新選挙報道とか選挙報道元年とか言われています。それは喜ばしいことでこのまま続けていただきたいと思います。政権の枠組みはこれから決まりますが放送局·放送界として質的な公平性が重要だということをそのまま維持していただきたい。国民にとって政治報道の重要度はここ数十年で最も高くなっているかもしれません。これまで以上に豊かな報道をされることを希望しております。
【事後アンケートから】
意見交換会終了後、参加者にアンケートへの協力をお願いし、37人からご回答いただいた。その一部を紹介する。
- 時勢を捉えた意見交換だった。キー局も地方局も課題としている内容と感じました。
- 他社の皆さまと、問題意識や今後の課題、報道の過程での苦悩や試行錯誤も含めて幅広く共有することができ、非常に有意義でした。
- 各局報告も参考になったが、委員の発表があったおかげでそれぞれの課題について理解を深めることができた。各委員長の率直な意見も聞くことができてよかった。
- 質疑応答で基調報告が提起した論点への理解が深まり実り多い会でした。
- 業界で連携して対応すべき事象が増えているという言葉が印象的だった。
- 各委員から専門の切り口でお話を伺えたことで社に持ち帰り共有したい事例がたくさんありました。次世代の担い手が夢を持ってものづくりできる局であること、視聴者の皆さんが少しでも生きやすくなる社会へ向けて使命を感じました。
以上


